古舘伊知郎: 総合


読み仮名(平仮名)ふるたちいちろう
英語名ICHIRO FUEUTACHI
生年月日1954/12/07
出生国日本
出身都道府県東京都
出身地北区滝野川
性別
血液型AB
経歴/説明元テレビ朝日アナウンサー、フリーアナウンサー、タレント。古舘プロジェクト所属。
正確には「舘」の左側は「舍」ではなく「舎」に作る。滝野川第二小学校卒業。立教高等学校(現立教新座高等学校)→立教大学経済学部卒業。実父は二部上場企業の役員で後に社長副会長を務めた。子供に1女がいる。

1977年、テレビ朝日(当時:全国朝日放送)に入社。
日本テレビのアナウンサーで大学の先輩である徳光和夫や文化放送のアナウンサーで大学の先輩であるみのもんたに憧れてアナウンサーになった。特にテレビ朝日時代は、時間を縫っては、みのの鞄持ちを自ら務め、みのの豪快な飲みっぷりに付き合うこともあった。また大学の先輩には、長嶋茂雄、土居まさる、後輩には久保田光彦(元テレビ東京、現在はフリーアナウンサー)などがいる。
『ワールドプロレスリング』のメイン実況として山本小鉄と名コンビを組む。「おーーーーーっと!」「燃える闘魂」「掟破りの逆サソリ」「名勝負数え唄」「人間山脈」などの独特な名調子・比喩表現は「過激実況」と呼ばれ絶大な人気を博し、:アントニオ猪木全盛期、新日本プロレスの黄金期を支えてきた。特に、「おーーーーーっと!」の名調子は、プロレスファン以外に対しても古舘をメジャーに押し上げたきっかけとなったと言える。これは古舘独特のフレーズであり、ものまねの対象になるなど、様々なパロディも散見された。なお、フリーになるかならないかの微妙な頃に、フジテレビの『オレたちひょうきん族』の1コーナーである「ひょうきんプロレス」に覆面アナウンサー「宮田テル・アビブ」として出演したこともある(「奮い立ち伊知郎」と名乗ったこともある)。
プロレス実況アナ故に、レスラーに襲われた時もあり、はぐれ国際軍団のアニマル浜口に広島県立体育館において「お前はいつも調子に乗った実況をしやがって」と訳も無く殴られる(1982年・この事件を古舘は患部の治療にサロンパスを使用した事から後に"涙のサロンパス事件"と命名している。だが、時を経て『報道ステーション』で浜口の娘・浜口京子の活躍が取り上げられた際、「僕お父さんと一緒に仕事していたんですよ」と懐かしそうに語っていたことから、後に和解したのか、殴られたこと自体が単なるアングルだったと考えられる)。また、或る日の試合前の外人サイドの控え室で取材中に「お前はテレビの取材か?」と歩み寄ったデビッド・シュルツに後頭部を殴打され、その日の実況を包帯を頭に巻いて生放送を行う(1985年)。
フリーになってからは、フジのF1放送や、競輪実況中継(特別競輪=現在のGI=決勝戦のみ)、更には、自らの一人芝居型講演会「トーキング・ブルース」を始め、「クイズ日本人の質問」、「おしゃれカンケイ」等、数々のテレビ番組に出演。また、テレビ朝日系列の『ニュースフロンティア』(1991年4月 - 1994年3月まで放送)という『ニュースステーション』のオンエアが無い土曜日の午後11時から放送されていたニュース番組も一時期担当した。
プロレスファン以外の視聴者にも古舘の名が一躍認知されるようになった端緒は、1985年の「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)の司会抜擢であった。当時民放各局に乱立していた歌番組の中でも抜きん出た格上の番組であり、そこにフリー・独立から1年しか経たない、司会者としてのキャリアが浅かった古舘が抜擢されたことについて、当時の視聴者から危惧の声が上がっていたようだが、その当初の視聴者の反応も、当時の同番組の看板司会者であった芳村真理の強い後盾もあったためか聞かれなくなり、司会者としてのキャリアを上げる大きな契機となった。若手司会者ながらも必死に自己の司会スタイルを浸透させようとする古舘の自己研鑽ぶりを芳村真理は高く評価し、「この人なら後を任せられる」という思いから、古舘への番組禅譲という形で1988年に芳村は夜ヒットの司会を勇退した。古舘自身も独立早々の苦境の時に最初にフリーの司会者として使ってもらったことや、自己の司会術を高く評価してもらった、という恩義から、現在も、同番組、そして芳村真理に対しての強い敬意の念を抱いているようである(「SmaSTATION」に出演した際にこの点については述べている)。ちなみに古舘の結婚式の仲人は芳村夫妻が務めており、現在も芳村・古舘は家族ぐるみの親交を続けている。
1989年に:アントニオ猪木がスポーツ平和党から参議院選挙に立候補した時には、「国会に卍固め」というキャッチコピーで応援した。
1998年、:アントニオ猪木の引退試合の際に再びプロレス実況に戻り、その後、「PRIDE」の大晦日の実況中継も行うようになった。
2000年の大晦日に路上で年越し「トーキングブルース」を行いカウントダウンを行わないまま喋り続け、21世紀に入って5分ほど過ぎたところで観客に知らせた。世紀を跨いで喋り続けた男となる。
世界水泳では2001年の日本・福岡大会と2003年のスペイン・バルセロナ大会を2大会連続で特別実況し、世界陸上では1999年のセビリア大会から2003年パリ大会にかけて、女子マラソンの実況を担当した。
2004年4月5日から、テレビ朝日系の報道番組『ニュースステーション』の後番組に相当する『報道ステーション』のメインキャスターに就任した。
なお、「古館伊知郎」との誤記がよくあるが、正しくは「古舘伊知郎」(より正しくは、前述の通り舘ではなく、偏が舎で旁が官)である。ただし、新聞のテレビ欄などは字体の規制があるため前者の表記をする。また、読みは「ふるたて」でも「ふるだち」でもない。
THE ALFEEの高見沢俊彦とは親友である。高見沢は古館のことを「いっちゃん」と呼んでいる。
かつて土曜の深夜を席巻した「オールナイトフジ」に志村けんと共にベロンベロンに酔っ払って乱入し(しかも下はパンツ一丁)志村と一緒にとんねるずの歌に合わせて踊っていた。
2005年の郵政解散後の報道ステーションにおける各政党所属議員の討論の際、新党日本の小林興起の発言を妨害圧殺した事で議論をよんだ。当時、日本共産党の市田忠義と「郵政民営化はアメリカの要求だ!」と発言した瞬間、古舘は「そんなバカなことあるはずないじゃないですか!!ねえ安倍さん!」などと逆上気味に発言した事は記憶に新しい。小林の新刊「郵政米営化」の「3大バカマスゴミ」の章と共産党機関紙「赤旗」に事実の詳細が正確に紹介されている。この件の古館の謝罪は、放送二日後であった。
作成者 [編集履歴]宇宙刑事ジャンギャバン
最終変更者/日時 634 / 2006/09/13
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