ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ: 総合

人:監督 関連作品数ランク3,066位(全体数3,469中) / 関連作品数1 / 偏差値44.49)3,065位 <= =>3,067位

読み仮名(平仮名)じゃっくどにえるばるくろーず
英語名Jacques Doniol-Valcroze
生年月日1920/03/15
没年月日1989/10/06
出生国フランス
出身地パリ
性別
職業俳優 監督 脚本
経歴/説明1920年5月15日、パリに生まれる。
1946年、シネモンド(フランス語版)誌の編集部に入り、ジャーナリストとしてのキャリアを始める。
同年、ジャン=ジョルジュ・オリオールが戦前創刊し、廃刊していたラ・ルヴュ・デュ・シネマ誌をオリオールとともに復刊に尽力、新創刊する。翌1947年編集長に就任(1947年 - 1949年)。
その傍ら、『フランス・オプセルヴァトゥール』(France Observateur)、『レクスプレス』(L'Express)で、映画批評家として活躍。
1949年、アンドレ・バザン、ジャン・コクトー、ロベール・ブレッソン、アレクサンドル・アストリュックとともにシネクラブ「オブジェクティフ49」を設立。
同年、第一回呪われた映画祭をビアリッツで開催。
1951年4月、バザン、ジョゼフ=マリー・ロ・デュカ(ジュゼッペ・マリア・ロ・デュカ)とともに『カイエ・デュ・シネマ』を創刊。
1955年、『カイエ』創刊5年目にして第16回ヴェネツィア国際映画祭審査員に就任。
1958年、長い批評家としてのキャリアの後、38歳にして短編映画を演出。
1959年、長編映画『唇(くち)によだれ』を発表。『風の季節』(La Maison des bories)はロマンティック作風であったが、同作を除いて、一貫して痛烈な色調の作風を指向した。
1959年、ピエール・カスト『Le Bel Âge』では主演したほか、映画界で最初のキャリアを築いた後で、テレビ界の俳優としても同様に数多く出演。
1964年、第14回ベルリン国際映画祭審査員。
1968年、第29回ヴェネツィア国際映画祭審査員。
1989年10月6日、南仏カンヌで死去。
作成者 [編集履歴]634
最終変更者/日時 634 / 2017/02/10
※ この項目の説明にはWikipediaを参考/または引用した部分があり、この項目の説明部にはGFDLのラインスが適用されます。
←階位が5000位以内の方に編集権限有り (階位とは?)

統計値[関連(出演)作品]
日本悪い45.74120

関連作品 (開始日順: ↓の区分名のリンクで並び順を評価の良い順/評価数順などに変えられます。)
11960/06/29海外映画唇によだれ悪い(-1.00)-2.0045.742監督・脚本



ファン登録
注意書き

1. 1項目に対して一回のみファン登録の投稿が可能です。
複数回語りたい場合には「ファン掲示板」をご利用下さい。
2. ファン登録と反する内容の投稿は削除されます。
3. ハンドルネーム(お名前)の変更はしないで、固定して下さい。
4. 投稿者/投稿対象者共にメルアド・電話番号等の個人情報の書込みは禁止。
交流したい場合私書機能をMyページで提供しているので、ファン登録をしてアカウントを取得してから私書で連絡取ってみて下さい
5. チェーンメール・バトンに類すること禁止

お名前(名前変えによる複数回登録禁止!削除します)
パスワード:
ファンの理由/応援(携帯の絵文字は使えません)
↑上へ