ジェイコブ・グリンペル: 総合

人:音楽(歌系以外) 関連作品数ランク1,968位(全体数2,191中) / 関連作品数1 / 偏差値45.60)1,967位 <= =>1,969位

読み仮名(平仮名)じぇいこぶぐりんぺる
英語名Jakob Gimpel
生年月日1906/04/16
没年月日1989/03/12
出生国ウクライナ
出身地リヴィウ
性別
職業音楽(歌系以外)
経歴/説明ドイツ読みではヤコブ・ギンペル。

兄カロルは指揮者・ピアニストで、弟ブロニスワフは著名なヴァイオリニスト。

父アドルフからピアノの手解きを受けた後、コルネリア・タルノフスカとエドゥアルト・シュトイアーマンにピアノを、音楽理論をアルバン・ベルクに師事、1923年にウィーンにおいて、ピエール・モントゥーの指揮するコンセルトヘボウ管弦楽団との共演により、ラフマニノフの《ピアノ協奏曲 第2番》を演奏してデビューを果たした。

室内楽奏者としては、ブロニスワフ・フーベルマンやエリカ・モリーニ、ナタン・ミルシテインや弟ブロニスワフと演奏旅行を行なった。1937年にフーベルマンがパレスチナ交響楽団(イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の前身)を設立できるように支援した。

1938年に渡米してニューヨーク入りし、後にロサンジェルスに移った。『ガス燈』や『失われた心』、『忘れじの面影』といった往年の洋画のほか、『ラビット狂騒曲』や、『トムとジェリー』の「ワルツの王様」といった古典的なアニメーションでピアノの吹き替え演奏を担当している。

第二次世界大戦後に、アメリカに亡命したヨーロッパ出身の芸術家の中で、最初にヨーロッパに戻った芸術家の一人である。1954年に西ドイツで盛大に演奏会を行なった。1971年から1986年まで、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校の教授を務めた。

1979年5月9日に、弟ブロニスワフとロサンジェルスで共同リサイタルを行なう予定であったが、演奏会の数日前にブロニスワフが急死したため、ギンペルは弟を偲んで追悼演奏会を行なった。

西ドイツ政府とイスラエル政府から受勲した
作成者 [編集履歴]634
最終変更者/日時 634 / 2017/07/09
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統計値[関連(出演)作品]
日本とても良い56.97160

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11947/06海外映画ガス燈とても良い(2.00)12.0056.976音楽演奏



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