イベンダー・ホリフィールド: 総合


読み仮名(平仮名)いべんだーほりーふぃーるど
英語名Evander Holyfield
生年月日1962/10/19
出生国アメリカ合衆国
出身地アラバマ州、アトモア
性別
経歴/説明元プロボクサー。ロサンゼルスオリンピック銅メダリスト。

9人兄弟の末っ子として生まれる。その後、家族と共にアトランタへ引っ越して、12歳の時にボクシングを始めた。

1983年、パンアメリカン競技大会にライトヘビー級で出場して決勝でキューバの選手に敗れるも銀メダルを獲得した。
1984年、ロサンゼルスオリンピックにライトヘビー級で出場して銅メダルを獲得した。
1984年11月15日、ライトヘビー級でプロデビュー。
1985年7月20日、クルーザー級へ階級を上げて試合を行う。
1986年7月12日、ドワイト・ムハマド・カウィに判定勝ちし、WBA世界クルーザー級タイトルを獲得。
1987年5月15日、リッキー・バーキーに3ラウンドKO勝ちし、IBF世界クルーザー級タイトルを獲得し、2団体タイトルを統一。
1988年4月9日、カルロス・デ・レオンに8ラウンドTKO勝ちし、WBC世界クルーザー級タイトルを獲得し、3団体タイトルを統一。タイトルを返上し、
1988年7月16日、ヘビー級に階級を上げて試合を行う。
1989年3月10日、元WBA世界ヘビー級王者のマイケル・ドークスを10ラウンドTKOで破り、WBC米大陸ヘビー級タイトルを獲得。3度防衛。
1990年10月25日、ジェームス・ダグラスを3ラウンドKOで破り、WBA・WBC・IBF統一世界ヘビー級タイトルを獲得。2階級制覇。3度防衛。
1991年11月、マイク・タイソンの対戦契約が完了するが、タイソンが刑務所へ長期間収監され中止になる。
1992年11月13日、リディック・ボウに判定負けし、王座から陥落した。
1993年11月6日、リディック・ボウに判定勝ちし、WBA・IBF世界ヘビー級タイトルを獲得。この試合で7回にパラシュートで男がリングへ落下してくる有名な事件が起きている。
1994年4月22日、マイケル・モーラーに判定負けし、WBA・IBF王座から陥落した。
心臓病と診断され引退を発表する。このときネバダ州アスレチック委員会の医学委員長はホリフィールドの心臓病は禁止薬物のhGH使用による副作用の可能性があると公表した。
新興宗教のベニー・ヒンのテレビ宣教活動を見て感化されたホリフィールドは、ヒンと友人関係を築き心臓病の治療を受けるようになり、ヒンへ大金の寄付を行った。
再びアスレチック委員会の診断を受けると心臓病が完治していたことで引退を撤回して復帰。
1995年5月20日、復帰戦でレイ・マーサーと対戦し10回判定勝利。
1995年11月4日、リディック・ボウとノンタイトル戦で対戦し、8ラウンドTKO負け。
1996年11月9日、マイク・タイソンに11ラウンドTKO勝ちし、WBA世界ヘビー級タイトルを獲得(3度目の返り咲き)。
1997年6月28日、マイク・タイソンと再戦。タイソンに耳を噛み切られ、3ラウンド反則勝ち。WBAタイトルを防衛。
1997年11月8日、マイケル・モーラーに9ラウンドTKO勝ちし、IBF世界ヘビー級タイトルを獲得。WBAタイトルとの王座統一に成功した。
1999年3月13日、WBC王者レノックス・ルイスとの3団体統一戦に臨むが、引き分けとなった。
1999年11月13日、レノックス・ルイスとの再戦で判定負けし、WBA・IBF王座から陥落した。
2000年8月12日、空位のWBA世界ヘビー級タイトルをジョン・ルイスと争い、判定勝ちで獲得(4度目の返り咲き)。
2001年3月3日、ジョン・ルイスに判定負けし、WBA王座から陥落した。
2001年12月15日、ジョン・ルイスの持つWBA世界ヘビー級タイトルに挑戦するが、引き分けとなり王座獲得ならず。
2002年12月14日、クリス・バードと空位のIBF世界ヘビー級タイトルを争うが、判定負け。
2004年11月13日、ラリー・ドナルドとマイナータイトル(NABCヘビー級王座)をかけて対戦するも判定負け。
2008年5月ニューヨーク州のアスレチック・コミッションから衰えを理由に引退勧告を受けた。
2006年8月18日、現役復帰戦を行い、2ラウンドTKO勝ち。
2006年11月10日、過去に2度の世界王座挑戦経験があるフェリス・オケンドと対戦し、1ラウンドにダウンを奪うなどして12ラウンド判定勝ち。空位のUSBAヘビー級タイトルを獲得。
2007年10月13日、モスクワでスルタン・イブラギモフの持つWBO世界ヘビー級王座へ挑戦するが、0-3の判定負け。この試合は、イブラギモフと対戦予定だったWBA世界ヘビー級王者、ルスラン・チャガエフの体調不良による出場辞退のためにホリフィールドにチャンスが回ってきたものだったが、44歳での世界王座復帰は成らなかった。
2008年12月20日、スイスのチューリッヒで行われたWBA世界ヘビー級タイトルマッチで、王者のニコライ・ワルーエフに挑戦するも、0-2の判定負け。両者の体重差が45kg近くもあった上に、46歳での世界王座挑戦は「無謀な挑戦」とも囁かれたが、予想に反しての大善戦であった。ホリフィールドのファイトマネーは60万ドルでこれまで経験した世界戦で最も安いファイトマネーだった。
2010年4月10日、WBF世界ヘビー級タイトルマッチでフランソワ"ザ・ホワイト・バッファロー"ボタと対戦し、8回TKO勝ちを収め王座を獲得した。
2012年10月、ビタリ、ウラジミールのクリチコ兄弟との対戦が不可能になったことと年齢上の問題を理由に引退をほのめかす発言を行ったが、公式引退声明は出していない。
2014年6月、正式に引退を表明、2011年5月のブライアン・ニールセン戦が最後の試合。
作成者 [編集履歴]634
最終変更者/日時 634 / 2016/03/28
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