アンドレ・ジッド: 総合

人:文筆家 関連作品数ランク1,945位(全体数2,313中) / 関連作品数1 / 偏差値45.66)1,944位 <= =>1,946位

読み仮名(平仮名)あんどれ じっど
英語名AndePaul Guillaume Gide
生年月日1869/11/22
没年月日1951/02/19
出生国フランス
出身地パリ
性別
職業文筆家
経歴/説明フランスの小説家。アンドレ・ジイド、アンドレ・ジードとも表記される。

パリ生まれ。父親はパリ大学法学部教授をつとめた。伯父は経済学者のシャルル・ジッド。1890年に『アンドレ・ヴァルテールの手記』を出版。マラルメから絶賛され、その後も象徴主義の影響が色濃い作品を発表する。1895年、『パリュード』を発表。これが象徴主義との実質的な決別となる。1898年、『地の糧』を発表。1902年の『背徳者』においては、生の価値と快楽に目覚め、既成道徳から背をそむけてゆく男の悲劇を描く。この時期の作品はナチュリスムと呼ばれる流れに位置づけられた。

1909年、『狭き門』を発表、過剰な神秘主義に陥るヒロインの愛と悲劇を描く。1913年の『法王庁の抜け穴』では、ローマ法王やフリーメーソンを皮肉ったストーリー設定の下、動機のない殺人(「無償の行為」)を遂行するラフカディオという主人公を登場させた。なお、ジッドは『背徳者』、『狭き門』、『田園交響楽』(1919年)などの一人称語り手による単線的な筋の作品を「レシ(物語)」、『パリュード』、『鎖を離れたプロメテ』(1899)、『法王庁の抜け穴』などの批判的・諧謔的な作品を「ソチ(茶番劇)」と分類して、「ロマン(小説)」と区別している。

1925年、『贋金つくり』(『贋金つかい』とも訳される)を発表。これはジッドが唯一「ロマン」として認めた代表作であり、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーやイギリス小説から学んだ手法をとりまぜた作品である。
1930年代に入ってからは、ソヴィエトへの共感を口にし始め、共産主義的傾向を強める。しかし1936年、マクシム・ゴーリキーを見舞うために同国を訪れたジッドは(『ソヴィエト紀行(フランス語版)』)でソ連の実態を明らかにしてスターリン体制に反対する姿勢を鮮明にし、左派から猛バッシングを受ける。

1945年にゲーテ勲章授与。1947年にオックスフォード大学から名誉博士号、さらにノーベル文学賞受賞。
1951年パリで没。その著作は死後、ローマ教皇庁により、禁書に認定された。
作成者 [編集履歴]ソンプーGU
最終変更者/日時 ソンプーGU / 2013/06/18
※ この項目の説明にはWikipediaを参考/または引用した部分があり、この項目の説明部にはGFDLのラインスが適用されます。
←階位が5000位以内の方に編集権限有り (階位とは?)

統計値[関連(出演)作品]
日本最高49.86110

関連作品 (開始日順: ↓の区分名のリンクで並び順を評価の良い順/評価数順などに変えられます。)
11909文学狭き門最高(3.00)3.0049.861著者



ファン登録
注意書き

1. 1項目に対して一回のみファン登録の投稿が可能です。
複数回語りたい場合には「ファン掲示板」をご利用下さい。
2. ファン登録と反する内容の投稿は削除されます。
3. ハンドルネーム(お名前)の変更はしないで、固定して下さい。
4. 投稿者/投稿対象者共にメルアド・電話番号等の個人情報の書込みは禁止。
交流したい場合私書機能をMyページで提供しているので、ファン登録をしてアカウントを取得してから私書で連絡取ってみて下さい
5. チェーンメール・バトンに類すること禁止

お名前(名前変えによる複数回登録禁止!削除します)
パスワード:
ファンの理由/応援(携帯の絵文字は使えません)
↑上へ