Mr.KNの長く短い1日

[ガラケー版(QRコード)] 総閲覧回数:973,068回 / 推薦評価:144個(内 論客54人) / ブログ拍手:12,303
 16日15日14日13日12日11日10日9日
閲覧104 (+13)91 (+17)74 (+2)72 (-55)127127 (-49)176 (+100)76
階位4141414141414141
ポイント1,451,4531,451,4531,451,4531,451,4531,451,453
(+36)
1,451,417
(+516)
1,450,9011,450,901
偏差値121.46121.48121.50121.50121.55121.52121.52121.56

最近閲覧されたログイン状態の論客
ルミナ / 消しゴム / ぼみぃ / あかねちゃん / S・N / 634 / 紅蓮桜花 / サンシースー / 無限堂 / オルタフォース / KAMIKAZE / ゴーグル侍 / OYJAR40 / HARIKYU / かぷ / レドリック / Docty Junsai / ウクレレ / ねぎ麻雀 / シャル / 木下高広 / クエンサー / オグリキャップ / 情熱 / 戦隊大好き / バカボケ / 伏魔の剣 / ぷりっつ! / シューゴ
アクセス記録[推移 / PV内訳(過去1日 / 過去1週間) / 外部アクセス元 (昨日 / 過去1週間) / ログイン論客足跡]
プロフィール私書
   /   /送済
評価(一覧   /)
投票   /共:   /
ファン登録
情報/
DB構築
他己紹介
18/06/29
ブログ
[書く]
リンク集(無)
My Play List
RSS購読
RSS
表示開始年月
分類
 作成日時分類記事タイトル
12019/02/10スポーツ関連の話題..所沢移転&西武ライオンズ誕生から40年..
22019/02/09このサイト関連の話題..書いた人本人専用メモ書き
32019/01/28このサイト関連の話題..書いた人本人専用メモ書き
42019/01/23スポーツ関連の話題..福岡移転から今年で30年..
52019/01/17声優関連の話題..今日は小山茉美さんのお誕生日です..
=>前の記事 劇場版サンシャイン見てきました
 反応日時来客名来客者の最近のメッセージ
12019/02/12ルミナこんばんわ、コメントさせていただきます。自分がプロ野球を見始..
22019/02/10無限堂99年の日本シリーズは忘れられず、開幕11連勝で勢いに乗り優..
32019/02/10無限堂西武の黄金時代は「役割分担」を徹底した事で、人材発掘は故・根..
42019/01/24あかねちゃんこんばんは~地元民としてもダイエーホークスの初優勝は嬉しかっ..
52019/01/20サンシースー小山茉美さん、お誕生日おめでとうございます。小山茉美氏という..
その他最近のコメント
1.
2019/02/10 「所沢移転&西武ライオンズ誕生から40年」 分類: スポーツ関連の話題
[この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:8個

前回と同じプロ野球ネタになりますが、今年は埼玉西武ライオンズがパ・リーグに誕生、そして現在の本拠地がある埼玉県の所沢市に移転してから丸40年を迎える年でもあります。

ここでも球団誕生および移転40周年を記念した公式サイトが実際にありますが、前回同様に簡単な説明をしていくと移転前年の1978年10月12日に西武の前身球団だった「太平洋クラウンライターライオンズ」が廣済堂クラウンにライオンズ球団の売却・埼玉県所沢市へ移転する事を発表し、当時国土計画の社長だった堤義明氏がクラウンライターライオンズを買取って「西武ライオンズ」が誕生しました。

それによって新本拠地球場の名前も西武ライオンズ球場(現:メットライフドーム)に決定し、移転当初の79年~81年は連続でBクラスに沈んだものの、81年のシーズン終了後に監督を退任した根本陸夫氏に変わってヤクルトでも監督を務めた広岡達朗氏が就任すると翌年の1982年に19年ぶりとなるリーグ優勝、日本シリーズでも中日ドラゴンズを4勝2敗で破った事でチームとしては24年ぶり、西武球団としても初の日本一を達成してからその後は83年、85年とそれぞれにリーグ優勝を果たして常勝球団への道を築き上げていく事になります。

1985年に広岡監督が退任を発表した後も、82年から84年の間に広岡監督の下でバッテリーコーチ(ヘッド格)を務めた森祇晶氏が後任として監督に就任し、さらにはこの年のドラフトで甲子園通算本塁打記録を持つPL学園の清原和博選手を6球団競合の末に獲得すると、その翌年から森監督が退任する1994年までリーグ優勝8回、日本一6回という恐るべき成績を残したのもあって、西武というチームはこの当時のイメージが強いという人も多いかと思われますね。

西武は森監督の頃から知っている年代なので個人的に前述の黄金時代のイメージが今でも強いというのがありますが、この時期は四番を務めた清原選手の他にも投打ともに戦力が充実していたのや、特にクリーンアップのAKD砲(秋山、清原、デストラーデの頭文字から取った名前)、郭泰源、工藤、渡辺久といった他球団なら大黒柱を張れるほどのレベルだった先発投手陣、鹿取&潮崎のWストッパーなどがいたのも大きかったのと、当時流行していた野球帽もパ・リーグのものでは西武の帽子が一番多く見かけていた記憶があるところです。

その後はダイエーやオリックスなどのチームが力を付けていった事や、チーム自身も転換期で若手選手の育成などが中心になっていったためリーグ優勝と日本一の回数も黄金時代に比べると激減した印象がありますが、それでも昨年はかつての黄金期の主力だった辻初彦監督の下で西武ライオンズとしては2008年以来となる10年ぶりおよび22度目のパ・リーグ優勝を決め、CSこそソフトバンクに破れてしまったとはいえ辻監督の就任後は相次ぐ主力の流出があっても連続でAクラスを維持しているだけに、今シーズンもソフトバンク有利とされている下馬評を覆せるか期待が高まりますね。




コメントする8個


Mr.KN さんのコメント (2019/02/12) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
こんばんは、ルミナさん。コメントありがとうございます。

黄金期の西武はペナントレース以上に日本シリーズを目標としていた事や当時のパ・リーグで1強状態なのもあったので、ファン以外の視点から見るとそうした批判もやむなしだったのかもしれませんね。

それでも、あそこまで全ての面において完璧なチームというのは時代もあるとはいえなかなか見当たらないと自分は思うのと、80~90年代における最強チームを挙げるなら間違いなくこの時期の西武だと断言出来るところです。

ダイエーの方は当初こそ勝てない時期が続いた事で当時のファンや王監督も大変苦しいものがあったと思われるものの(さすがに生卵の投げ付けは異常でしたが)、それでもそうした苦境を乗り越えたから事が今の常勝球団の礎になったとあらためて感じますね。

ではまた。
ルミナ さんのコメント (2019/02/12) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
こんばんわ、コメントさせていただきます。
自分がプロ野球を見始めた頃はちょうど西武の黄金期で
『憎たらしいほど強い』
というイメージでしたね。
黄金期晩年には『強すぎてつまらない』もっと『魅せる野球』をなど、
言いがかりのような注文をつけられるほどでしたが、
打撃陣・投手陣、共に力と技を兼ね備えた
これほどにダイナミックで面白い野球をするチームは
他になかったと思います。
後に根本陸夫氏が土台を作ったホークスが常勝チームに
なった時は弱い時代を知っていたこともあって感慨深かったですね。
弱小時代を耐え忍び、若手を育てチームを日本一に導いた王貞治氏も
立派でした。

それでは失礼します。
Mr.KN さんのコメント (2019/02/11) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
こんばんは、無限堂さん。コメントありがとうございます。

実際に森監督もそうした役割を理解していたのか、選手を前面に押し出し自由も考慮するのびのびとした野球をやらせる面もあったのでそれらの面から多くの選手達に慕われていたという逸話もあったのや、特にルーキーイヤーから四番で起用された清原氏も森監督には恩義を感じていて「優しい監督だった」と後に評していたのが当時の西武のチーム状況や選手関係などをわかりやすく説明していたように思えますね。

当時のパ・リーグは西武の1強状態でその他のチームはいかにそれを止めるかという印象もありましたが(抜きん出ていたのは89年に西武の連覇を止めた近鉄ぐらいでしょうか)、もっとも根本氏が後にダイエーに移籍したのやその他にも2004年のプロ野球再編問題などを経てパ・リーグも各球団が地域密着に成功したのはそれらも大きかったと思います。

昨年のCSは攻守にバランスの取れたソフトバンクが強かったという印象があった一方、西武の方は全体的に見て粗が多い事でまだまだ発展途上のチームであるのが浮き彫りになったとあらためて感じましたね(結果としては2004年のプレーオフの借りを返されたとも思ったところでしたが)。

ではまた。
無限堂 さんのコメント (2019/02/10) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
西武の黄金時代は「役割分担」を徹底した事で、人材発掘は故・根本元管理部長、育成は黒江元ヘッド以下コーチ陣、采配は広岡→森元監督と役割分担のお陰でそれぞれの役割に集中出来たからあれだけの戦力をフルに生かせたと考え、最も広岡式管理野球を根本元管理部長が発展・完成させたと言えます。
象徴的だったのが、85年に阪神に初めて日本一を掻っ攫われ、90年に藤田巨人を四タテ完勝、92年に野村ヤクルトと互角の戦いを繰り広げ、翌93年にヤクルトにリベンジを決められ、翌94年には長嶋ジャイアンツに敗北した事で、そして根本元管理部長は「西武の独り勝ちではリーグの発展にならない」と福岡ダイエーへ移籍し、見事ライオンズのライバルチームに育てました。
根本元管理部長の誤算は日本ハムが北海道へ移籍し、積極的な経営者で本気を出した事と、ハンドメイドチーム・東北楽天イーグルスの誕生でした。
追伸・18年のクライマックスシリーズでソフトバンクに歯が立たなかったのに時代が変わったと同時に遣り切れませんでした。

2.
2019/02/09(下げ記事)
書いた本人専用メモ書き
3.
2019/01/28(下げ記事)
書いた本人専用メモ書き
4.
2019/01/23 (2019/02/09更新) 「福岡移転から今年で30年」 分類: スポーツ関連の話題
[この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:12個

他の方と同様に自分も記念イヤーのネタで重なりますが、今年はプロ野球で福岡ソフトバンクホークスが福岡県に移転してから30周年になる年です。

実際に公式でもそれを記念したサイトがありますが、その歴史を簡単に説明すると移転前年(1988年)にソフトバンクの前身チームだった南海ホークスがダイエーに球団を売却する事が正式に発表され、翌年の1989年(平成元年)に球団名及び会社名も「福岡ダイエーホークス」と改められたと同時に本拠地は福岡市の平和台球場に移されました。

移転当初の平和台時代(89~92)、そして93年に新球場である福岡ドーム(現:福岡ヤフオクドーム)に再移転してからも球団は苦戦を強いられ続け、当時は西武やオリックスといったチームが強かった事などもあって前身の南海時代も含め20年連続のBクラスという不名誉な記録まであったほどでしたが、1999年にダイエー球団としては初のリーグ優勝を果たすとそこからソフトバンクに身売りした現在に至るまで、パ・リーグでは常勝球団にのし上がったのがこのチームの特徴ともいえるでしょう。

今では強豪球団であるソフトバンクもかつてはBクラスの常連だった事が若いファンには信じられないところかもしれませんが、1996年にはその低迷ぶりに業を煮やしたファンが当時の王貞治監督や選手の乗ったバスに向かって生卵を投げつけたり罵声を浴びせるという事件があったり、それ以外にも所属選手の何人かがプロ野球脱税事件やスパイ疑惑などといった一連の事件に関わっていたなど、そうした苦難もありながらそれらの出来事が今となってはチームの糧になってきたと個人的には思うところですね。

ホークスがここまでのチームになったのは色々な要素もありますが、一番は監督も務めた「球界の寝業師」こと故・根本陸夫氏が専務に就任した事や後任には前述の王監督を招聘、それ以外でも西武とのトレードで秋山、さらにはドラフトでも小久保、松中、井口、城島といった後の主力選手を獲得した事でそれ以降は現在に至る常勝球団ならびに地元人気の土台を築いたといって過言でないかもしれません。

今や金銭的な面などでは巨人以上というイメージがあるので一部では「金満球団」と揶揄される事もしばしばながら、それでも過去にはリーグ優勝したにかかわらずCSで敗れ日本シリーズに出場出来なかったという苦い経験や金銭面の問題などで主力を放出せざるをえなかった事もあるだけに、自分は巨人ファンながらパ・リーグではホークスも好きなチームのひとつなのでこちらも今年はどのような戦いを繰り広げるか今から楽しみでもありますね。



コメントする12個


Mr.KN さんのコメント (2019/02/11) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
こちらの記事にもコメントありがとうございます。

当時の中日は88年を最後に優勝から遠ざかっていたのでそうした事も理由のひとつとして捉えられるかもしれませんが、この年は岩瀬、サムソン、宣の鉄壁リリーフ陣や打線でも関川、ゴメスといった選手たちの活躍が大きかったようにも思いました。

ダイエーの方も苦難の末にリーグ優勝を果たした事で当時のファンは感慨深いものがあったところかと思いますが、この年の優勝と日本一に貢献した藤井投手はまだ31歳という若さで亡くなられたのが残念でならないですね。

15番通路が「藤井ゲート」と呼ばれているのはもちろん、それ以外では彼が入院した頃から背中に「FUJII」「15」と手書きされた「藤井ハリー」と呼ばれるハリーホーク人形がヤフオクドームのロッカーに置かれていたというのもその存在の大きさを感じたところです。

ではまた。
無限堂 さんのコメント (2019/02/10) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
99年の日本シリーズは忘れられず、開幕11連勝で勢いに乗り優勝した中日ドラゴンズとの対戦となりました。当のドラキチは11連勝しても至って冷静だったのは意外でした。
そして、ダイエーも旧南海時代から数えて21年ぶりに優勝を果たし、福岡・博多っ子は大感激しました。
そして、中日ドラゴンズの日本一を阻止したのは藤井投手で、炎のストッパーと呼ばれました。
しかし、残念ながら翌年藤井投手は癌で早逝し、藤井投手の背番号15は半永久欠番となりソフトバンクにも継承され、福岡ドーム15番ゲートは藤井ゲートと呼ばれ、伝説となりました。
Mr.KN さんのコメント (2019/01/24) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
こんばんは、あかねちゃんさん。コメントありがとうございます!

気が付けばダイエーの初優勝が20年前だったのも年月の流れを感じますが(自分も当時はまだ高校生でした)、この時は福岡移転から丸10年、そしてチームとしては南海時代の1973年以来となる26年ぶりのリーグ優勝でもあったのが感慨深いところでしたね。

ペドラザは99年と00年の連覇に貢献したクローザーというのもあって記憶に残っていますが(巨人時代は黒歴史という事で)、リーグ優勝の三振の場面はもちろん中日との日本シリーズで日本一決定の胴上げ投手になったところも忘れがたいです。

ではまた。
あかねちゃん さんのコメント (2019/01/24) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
こんばんは~

地元民としてもダイエーホークスの初優勝は嬉しかったですね

抑えのペドラザが三振を取ったときのガッツポーズは今でも覚えていますよ

5.
2019/01/17 (2019/01/18更新) 「今日は小山茉美さんのお誕生日です」 分類: 声優関連の話題
[この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:16個

昨年はこうした形での話題があまり出来なかっただけに今年は可能なかぎり書こうと思っているところですが、本題に入りまして今日1月17日は声優の小山茉美さんのお誕生日だったようですね。

小山さんは1975年に「一休さん」の桔梗屋弥生(初代)役でデビューし(一方では「大空魔竜ガイキング」のフジヤマ・ミドリ役をデビュー作とする記述もあり)、それから現在に至るまで活躍するベテランの一人ですが、1970年代~1980年代にかけて著名なキャラを多数演じて人気を博した女性アイドル声優の元祖的存在とも言えるのが彼女でしょう。

これまで演じてきた役を挙げていくと、もっとも有名な代表作である「Dr.スランプ アラレちゃん」の主人公・則巻アラレをはじめ、他にも「キテレツ大百科」のコロ助(初代)、「あんみつ姫」のあんみつ姫、「魔法のプリンセスミンキーモモ (第1作)」のミンキーモモ、「ニルスのふしぎな旅」のニルス、「機動戦士ガンダム」のキシリア・ザビ、「戦国魔神ゴーショーグン」のレミー島田、「ドラゴンボール」シリーズのランチ、「聖闘士星矢」の蛇遣い星座のシャイナ(Ωでも同役で出演)、「シティーハンター」シリーズの美樹、「サイレントメビウス」の磯崎真奈、「美少女戦士セーラームーンR」の翠のエスメロード(Crystalにはクイーン・セレニティ役で出演)、「うる星やつら」の面堂了子、近年では「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」のタリア・グラディス、「名探偵コナン」のベルモット/クリス・ヴィンヤード、「ONE PIECE」のシャーロット・リンリン(2代目)などがありますが、つい最近では「ポプテピピック」の第12話Aパートにポプ子役でゲスト出演していたのも記憶に新しいですね。

この方の凄いところは様々な役をこなせる演技力の幅広さと声の使い分けで、特に後者はミンキーモモやランチといった役などを演じた際に見せた2種類の声の使い分けが秀逸に感じたと同時に、これは同じ人が演じていると想像がつかないほどでもあるのがさすがに思いました。

声優同士では古谷徹さんや池田秀一さんといった方々と多く共演されている印象がありますが(ちなみに古谷さんとは元夫婦という間柄)、特に池田さんとSEEDで再共演されたのは1stを知っている世代に向けて狙ったキャスティングにしたという風にも見られましたね。

そんな小山さんも今年で64歳になられたもののまだまだ活躍してほしい声優の一人でありますが、あらためてこの度はお誕生日おめでとうございます。

コメントする16個


Mr.KN さんのコメント (2019/01/20) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
こんばんは、サンシースーさん。コメントありがとうございます。

自分の場合は空モモの方は十数年前に再放送で視聴した事がありましたが、本作はサリーちゃんやアッコちゃんとはまた違った印象を感じたと同時にどんな職業の大人にでも変身できるという設定はあらためて見直すと面白いものがありましたね(80年代~90年代初期はこうしたアニメが全盛期だったというイメージも大きかったのですが)。

ちなみに自分はセーラームーンやプリキュアなどの作品も普通に好きなのや、深夜系のアニメに関してはそれほど詳しくないながらこれはこれで悪くないと感じる設定のものもあると考えていますが、時代の違いなどもあるとはいえ前述のアッコちゃんやサリーちゃん、そしてモモなどのような変身ヒロイン作品もまた新たに見てみたいという思いはあるところです。

ではまた。
サンシースー さんのコメント (2019/01/20) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
小山茉美さん、お誕生日おめでとうございます。

小山茉美氏というと、『魔法のプリンセス ミンキーモモ(空モモ)』で、
初代ミンキーモモ役を演じていましたが、
『ミンキーモモ』というと、葦プロが初めて作った魔女っ娘アニメで、
それまで東映魔女っ娘アニメしかなかった状況の中で登場した本作は、
それまでの魔女っ娘アニメに新しい要素が加わった作品で、
この作品の影響を受けたぴえろが『クリィミーマミ』や、『マジカルエミ』
などといったいわいる「ぴえろ魔女っ娘シリーズ」を製作し、
東映も、『魔法使いサリー』や『ひみつのアッコちゃん』のリメイクを
制作したりと、80年代の魔女っ娘アニメを象徴する作品だと言えます。

でも、今は、魔女っ娘アニメはほとんど作られなくなり、
かつて、多くの良作少女アニメを作っていた東映も今では、
『セーラームーン』の影響を受けた『プリキュア』シリーズしか作れなくなり、
更には、深夜にやっているような薄っぺらい萌え系バトル物ばかりが
量産されている状況には、正直、悲しくなってしまいます。

今の日本のアニメも、昔ながらの魔女っ娘アニメを復活させるべきなのでは?
Mr.KN さんのコメント (2019/01/18) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
こんばんは、S・Nさん。コメントありがとうございます!

バンドリは名前だけ聞いた事があるのみで本編は未視聴だったのですが、リンク先を見たかぎりだとラブライブの他には同じ部活アニメでけいおんやユーフォニアムとも重なっている印象がありますね。

小山さんは近年の話題作にも出演されている事が多いだけに、こうした形でまだまだ活躍されているのは嬉しいところです。

ではまた。
S・N さんのコメント (2019/01/17) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
小山さんが最近演じた役だと今現在2期放送中の「バンドリ」のオーナー(都築詩船)ですかね。
https://anime.bang-dream.com/1st/

非常に厳格な性格で、アホの子や頭が弱いを通り越してガイジとまで呼ばれた主人公の香澄に
「あんたが一番出来てなかった」とツッコミを入れてくれて、内容は劣化ラブライブだった本作を
終盤多少まともに軌道修正してくれたのは小山さん演じるオーナーの存在が大きかったかなと。

=>前の記事 劇場版サンシャイン見てきました
↑上へ