アマンドの木の日記/書き物

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 作成日時分類記事タイトル
12020/01/10 動き
22019/10/31 読書欲
32019/09/29 移民
42019/09/23 SD
52019/07/08 育児
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12020/01/11ルネサントアマンドさん、こんにちは。ルネサントです。コメントするのは初..
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32019/11/01十傑集病弱な主人公の活動範囲が広がるのに併せて周囲の人との関わりも..
42019/10/31雪霞自分で書くのと未知の本を読むのは違うよなというのは私も思いま..
52019/09/30てとてとアマンドの木さん、お邪魔します。非常に鋭い視点で共感しました..
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1.
2020/01/10 「動き」
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「バビロン」、オチは全人類で自殺エンドだな。

本題

新しいアニメも始まったばかりですが「宝石商リチャード氏の謎鑑定」。自分の母親の名前を呼び捨てにする息子にイヤなものを感じたが、それはそれとして小奇麗にまとまった人情噺だった。
今流行りのキャラクター小説というやつが原作で、少し前には京都の古物商の奴がやっていたと思う。
この手の作品、パッと見はアニメ映えしそうなんだけど、思いの外そうはならない。

やはり絵を動かすというアニメの本義と、頭の中で論理立てて考えるミステリーというのは、相性が悪いのだろう。京都アニメーションくらいの絵があれば「氷菓」のようになる可能性もあるが、個人的にはこの作品にも高い評価はしていない。

もちろんアニメ映えするようなテクニックというのはあるのだろうけど、そうすると今度は原作の良さが失われてしまうのだろう。
今後ともこの手の作品は出てくるのだろうけど、当たりの作品になる期待は薄いままではないだろうか。

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アマンドの木 さんのコメント (2020/01/12) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
てとてとさん

ミステリーの登場人物の動きって、アニメチックなかちゃがちゃ動かないと思うんです。僅かな仕草や体の向き、そこまで演技として描くはやっぱり難しいかなと。
やっぱり、どこかイヤというか引っ掛かる部分有りますよね。何なんだろう、引っ掛かり。

ルネサントさん

確かにミステリーで30分の尺は短く感じる場面が多いような気がする。
この作品は全部見るかどうか微妙なので、評価を書くかどうかは未定です。
ルネサント さんのコメント (2020/01/11) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
アマンドさん、こんにちは。
ルネサントです。コメントするのは初めてになります。新年もすっかり過ぎましたね。
ミステリーと言うと思いつくのは「名探偵コナン」や「金田一」の2つになります。
金田一は見たことがないので分からないですが基本原作だと4話ぐらい使用して事件が
解決するパターンが多く、アニメだと前編,後編のパターンが多いと思います。

だから、アマンドさんのブログを見たとき、「そうなんだ・・・」と思いました。
鍵としては「時間」と「演出」のミックスを上手く使い合わせられるかで視聴者に新鮮な驚きを与えられると思っています。
アマンドさんのブログを見て初めて調べましたがライトノベルだったんですね。
主人公の声に櫻井氏はピッタリのキャスティングだと思います。しゃべり方としては槙島を優しくしたような感じだと想像しています。しかし、自分の母親を呼び捨てにするのはどこかの春日部の5歳児だけだと思ってたので驚きです。

あと、コメントを見てみたところ、アマンドさんと呼んでるのが自分だけでなくて
なんだかほっとしました。しかし、アマンドさんの文章力や表現力は小説を読んだ経験で培ったものなのだと思います。自分としてはどんな評価を書くのか楽しみです。
てとてと さんのコメント (2020/01/10) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
アマンドの木さん、お邪魔します。

宝石商リチャード氏、イイハナシダナーと思いました。新年早々、軽く感動。
京都骨董のよりも格段に脚本が良いです。

アニメならではというと、原作を崩さず、綺麗な絵で原作キャラが動いて喋ってくれるだけでも十分かと。
リチャード氏はいかにも櫻井氏が似合う美青年で、原作ファン的にはそれだけでも嬉しいでしょう。
自分原作未読ですけど。

自分的に気になる点は、京都寺町三条のホームズ同様の、何となく嫌だな~?と感じる気風ですかね。
女性向け文芸特有の嫌な感じと言いますか。
リチャード氏はホームズに比べれはそこは控え目だったので、その点では良かったです。
今後そこが色濃く出なければ、多分良作になるんじゃないかと見ております。

2.
2019/10/31 「読書欲」
[この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:8個

今期の深夜アニメは、フジテレビが気を吐いているだけだな。

本題

「本好きの下剋上」ファンタジー世界の描写がしっかりしていてもったいない作品だなと思う。主人公の好奇心が、しっかりとしたファンタジー世界に向かないんだもの。

それはそうと「本を読みたい」という欲求は「本を作る」事で満たされるだろうか。

「本を読みたい」欲求というのは、自分の頭の中に存在しないものを求める欲求であって、自分で本を作ってもそれは満たされない。自分で作る本は、自分の頭の中にある物だけで作られるのだから。
この主人公が本来心配すべき事は、紙とか石とか粘土版のような「文字を残す媒体」ではなく、「本を書く人」をどう確保するかだ。その世界の事物について書き記してくれる人をいかに確保し、その世界の事物から紡がれる物語を描く人をいかに探すかだ。

好みのシチュエーションのエロ同人が見つからないから自分で書く、みたいなノリの主人公の行動は「本を読みたい」人の行動ではないと思う。
「本を読みたい」欲求と「本を書きたい」欲求は、それぞれ全く別の欲求であって、決して「本好き」という言葉でくくれるものではないはず。

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アマンドの木 さんのコメント (2019/11/02) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
雪霞さん

そう、せっかく未知の世界に来たんだから、その世界の事を本にしようというのなら理解も出来るのに。
本の入手が難しい世界ではなく、文字で残す事を重要視しない世界とかならよかったのかも。

十傑集さん

自分はNHK教育っぽいなと思いました。
これはアニメ製作者側の問題というか、原作が重視する部分とは違う観点で異世界を描いてしまったのではないかと思う。
十傑集 さんのコメント (2019/11/01) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
病弱な主人公の活動範囲が広がるのに併せて周囲の人との関わりも広がっていく様や
オープニング画像など、昨今は絶滅危惧種となっている名作アニメに近くて
異世界モノの設定に逆に合わないかもしれませんね。
雪霞 さんのコメント (2019/10/31) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
自分で書くのと未知の本を読むのは違うよなというのは私も思いました。
せっかく異世界に来たのだから、柳田國男が民話を収集して遠野物語を書いたように、
あるいは金田一京助がアイヌのユーカラを残したように、
優れたインフォーマントを見つけると良いのではないかと。

3.
2019/09/29 「移民」
[この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:10個

ラグビー、ふんわりとしかルール分からないけど、あれだけ動いてると見てて面白いな。

本題

「キャロル&チューズデイ」と「コップクラフト」。アメリカ風の舞台で展開するこの両作品、奇しくも物語終盤の展開に移民とその排斥の問題を取り扱っている。
アメリカ風の舞台である以上、当然の題材だし、現代社会の重要な話題である事も事実。

ただ、日本では切実な問題になっていないだけに、どうもこなれていないというか表面的な扱いに留まってしまっているように見える。
海外における移民の問題は移民が社会の中に溶け込んでいるからこそ生じている問題であって、日本の場合はそれが出来ていない。様々な名目で実質的な労働者を入れておきながらそれを社会で受け入れず、単なる労働力としてしか見ていない。

しかし単なる労働力などというものは存在せず、結婚もすれば家族もいるのが労働者だ。そういう生きた人間を社会として受け入れられないまま、労働力の輸入だけを続けている。その軋轢は、既に自治体レベルで現に発生している。

日本で移民の問題をきちんと扱おうとすれば、移民を社会から排除するという動きではなく、移民をそもそも社会から排除しているという現状こそを扱うべきじゃないだろうか。
注目のトピックだから表面的にファッションとして取り扱うには、重すぎる問題だと思う。

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アマンドの木 さんのコメント (2019/10/01) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
その通りで、移民問題というのは経済の問題であり、こちらを物語として描くのは非常に難しいのだと思います。
グローバルに資本が移動するから、グローバルに労働も移動するだけであって、移民問題の解決は資本の偏りを解決しない事にはどうしようもない。(そして資本主義において資本の偏りは解決できない、というか資本の究極的な偏りである独占を目指すのが資本の性質)

対して民族問題というのは、民族というフィクションを我々がどう認識するかという問題であって、こちらは物語になる可能性がある。
民族という他者の作った物語を私がどう認識し、私はどのような物語を善いものとして認識するのか。ここになら、他者との関係性を通じて自らの物語を紡ぐという形でエンタメも可能かもしれない。

それでも難しい事には変わりないので、下手に手を付けるよりも、まずはしっかりと知識や情報を収集し、考えを深める事が先決なのかもしれません。
てとてと さんのコメント (2019/09/30) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
アマンドの木さん、お邪魔します。
非常に鋭い視点で共感しました。

移民とは違うかもですが同時期、民族差別を「うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない。」で扱ってましたが、あまり深く踏み込まずに早々に片付けたのは底が浅い一方でエンタメ作品としては正解かなと思いました。

移民問題は社会全体の困難な問題なので、中途半端に扱うには難易度が高いかもですね。
あまり力入れすぎると作品全般が暗くなり過ぎるので。
対し民族差別は個々人の良心のレベルに落とせるためか、移民問題よりは難易度が下がっている気がします。
「コップクラフト」だとマトバ刑事とティラナという個々人の交流で互いを理解し合える、というレベルの話は上手く描けているように思えます。
そこから移民問題はまた次元の違う話で、関連がありつつも似て非なる話題かもしれません。

結局のところ、物語の登場人物(と視聴者)が個人的な視点で相互理解するのが精一杯にして物語的にも妥当な気がします。
それより上の次元の物語は、それ専用に本格的に練らないと難しい。
そういうアニメ作品は多分、脚本に余程の力量が無ければとっつき難くて人気が出ない気がします。

4.
2019/09/23 「SD」
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「荒ぶる季節の乙女どもよ」この荒ぶる季節って、シュトゥルム・ウント・ドランクの事なんだな。

本題

「グランベルム」感想は最終回の後に書くけど、この作品で採用されているメカデザイン、いわゆる二頭身ロボットなのだけど、今の人は違う感覚を持っているのだろうか。

この二頭身ロボット、おそらくSDガンダムから一般化しだした物だと思うのだけど、SDガンダムの出始めの頃(横井画伯と佐藤元ね)に触れた人間としては、どうしてもパロディとギャグとして見てしまう。つまり二頭身ロボットというデザインそのものを、ギャグとパロディを描くためのものと認識している。
その後、ワタルとかグランゾードとかラムネとかリューナイトとか、色々と出てきたけど、これらの二頭身ロボットも「面白カッコいい」作品を描くためにデザインされたものとして認識している。

ひるがえって「グランベルム」のお話、面白カッコいいわけではなく、ギャグでもなく、ハロディでもない(よね)。こういう陰鬱な物語なら、レイアースみたいなロボットの方が似合うと思うのだけど、採用されたメカは二頭身ロボ。
今の人はここに違和感を感じないのだろう。

というのも、SD戦国伝も三代目大将軍あたりでは真面目になってんだよね。殺駆三兄弟がスイカ割りとかしないし、武者ガンダムが乗り物酔いとかしない。騎士ガンダムも聖機兵あたりではすっかり普通のお話になってる。BB戦士の騎士ガンダムみたく、説明書に下らないギャグ漫画載ってたりしない。
その影響かどうかは分からないが、ある世代以降は二頭身ロボットというデザインを、ギャグやパロディとは無関係のものとして受け止めているのだろう。

その認識が「グランベルム」のメカデザインに繋がっているのではないだろうか。

おっさんにとって、真面目なSDガンダムとか意味不明だけど、SDガンダムがオリジナルのガンダムという世代も間違いなく存在するんだよね。

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5.
2019/07/08 「育児」
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「キャロル&チューズデイ」、AIに出来る事と出来ない事がはっきり分かれているってのはこの手の設定だとポピュラーなものなのだろうか。

本題

今期のアニメをぼちぼち見ていますが「荒ぶる季節の乙女どもよ。」が、面白い視点を提供してくれそうで楽しみ。「彼方のアストラ」は昔懐かしのSFアドベンチャーなのかな。

それはそれとして「うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない。」
内容よくある感じのラノベファンタジーだなとしか思わないのだけど、この題名っていかにも男性の子育てって感じ。

これ、もし主役が女性なら「うちの娘の為ならば、私はもしかしたら育児休業も取得できるかもしれない。」とか「保育園に落ちたので、魔王討伐に行けません。」とか「娘が熱を出したと保育園から連絡があったので、ダンジョン途中で脱出します。」みたいな題名になっただろう。

男性って結局、子供が出来ても仕事しかする事がないんだよね。仕事さえしてれば子供が勝手に育つ訳じゃないのに。育児の軽視というか、そもそも育児というものが存在しているという事を認識できない男性の視点ってのが、題名に現れている気がする。

「うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない。」には関係のない話です。ラノベアニメにそんな批評性を求めるつもりはないし。

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