[漫画]BANANA FISH(バナナ フィッシュ): 2017/12/18 uBR7200


ばななふぃっしゅ / Banana Fish
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アニメ化されると聞いてざっと再読

本作は一般には吉田秋生の代表作となっているらしいが、
女性性の攻撃性や受け身の性を社会から「強要」されることへの怒りを鋭い筆致で奇譚風に描いた初期作『吉祥天女』、
家族の重さと絆を4姉妹の成長と共に繊細な心理描写で緩やかに描いた後期作『海街diary』の方が完成度は高いのではと勝手に思っている
吉田秋生の場合、知名度が高く人気の作品に限ってヒキは強いが、他の作品に比べてテーマ等の面白さや完成度が犠牲になっている傾向がある
誰にでもわかる一般的なエンタメ性と完成度が両立しているのが『海街diary』ではないかと
個人的には『カリフォルニア物語』『河よりも長くゆるやかに』等初期の暗く重いドラマ性の強い作品群の方がこの人らしいと思っているのだが
年齢が上がるにつれ摩耗していく作家が多い中、時代に合わせて柔軟に変化し、進歩前進していくのもまたこの人らしいとは思う



本作も吉田秋生ならではの鋭く抉るような心理描写はよく描けており、少女漫画と思えないほどドラマ性は高い
人物描写も途中まではそこそこ描けている
バナナフィッシュなる人を兵器のようにする麻薬を巡る謎やサスペンスも、マフィアとの抗争も
男性作家顔負け、ハードボイルド並みに描けているのだが、途中から中だるみが始まる
もともと構成は上手い方だが、ドラマ部分の構成はであり、サスペンス部分の構成に緻密さはなく、悪く言えばグダグダ
主人公のアッシュが元天才児の設定通り知力を尽くして戦う描写も多いが、決して読者を唸らせるほど知略に富むとは言えない
ただし、下調べや調査は十分にする人のようでそれで中盤までは持ったが
連載が長期になればなるほどボロが出てしまったようだ、中だるみ、失速もやむを得ないかなという感想


画力も後半は驚くほど上がっているが、顔のアップが多く、画ではなくセリフでの説明が多い、
キャラの動きの演出力はかなり低い上に
画力が高くない為、魅力的な情景描写も少ない
ただし少ない線で要素を掴み取り、微細な表情や描きたいものを表現する力はある


ストーリーの骨格やキャラクター造型はしっかりしているので、
アニメ化の際、思い切って改変して、雑で粗い部分に手を入れた方が良い作品になるのではと思っている
むしろ、改変しないとアニメとして見られたものにならないのではないか
その方が原作本来のキャラの繊細な心理描写も卓越したドラマ性も生かせると思う




物議を醸しているBL路線だが、やはり『吉祥天女』を読んでいないとなぜ吉田秋生がそこに踏み込んだかわからなくなるだろう
「私は、男達の妄想で何度も犯されてる」
『吉祥天女』の主人公小夜子のセリフだが、男が読むと責められているようなドキッとさせられるセリフである

女性性が男から否応なく性の対象として見られ扱われることへの生々しい怒り、虐げられ従属させられることへの怒り
女性が社会で自由に活動できなかった「昭和」、まだまだ偏見が多く、セクハラという言葉さえ一般的でなかった時代
女性に対して侮蔑的な発言や視線は社会的に大目に見られ、女性から抗議することさえ世間の目を意識してままならなかった
そんな時代を生きた女性からの抗議ともとれるセリフだ
女であることへの小夜子の怒りは鋭い攻撃性となって男に向けられ、物語の全編を覆うのだが、最後には怒りのむなしさと浄化が描かれる
女という「穢れた」性を持つ自身を小夜子は諦念して受け入れるのだ



だが一旦は浄化を描きながら吉田秋生は納得していなかったのではないだろうか
本作の主人公アッシュはスラムの貧困家庭で育児放棄されて育ち、マフィアの大ボスであるゴルツィネお抱えの男娼からスタートする
ゴルツィネはアッシュをまるで好みの女を育てるように躾、教育していく、源氏物語の光源氏のように
そこにアッシュ自身の意思はなく、されるがまま受け入れるしかない、
ゴルツィネは欲望の対象としてアッシュを扱い、好きな時にアッシュを犯し、思うがまま人形のように扱う
アッシュは『吉祥天女』の小夜子のように男に翻弄される存在だ
男でありながら作者から「女」であることを強要され、女としての苦しみを疑似体験させられるアッシュは
女であることの苦しみとやり場のない怒りの理解を男に求める役割を作者から与えられているかのようだ

物語の構成をグダグダに緩ませた一因であるアッシュと英二とのBLチックな友情、
まるで恋愛や魂の救済を描いたように見える絆は「作家」吉田秋生自身が浄化するために必要だったのだろう
『吉祥天女』で傷を抱え込み、1人孤独に去って行った小夜子には、英二という癒しになる存在はいなかったからだ
だが「作家」吉田秋生自身のこうした拘りは物語の方向性に一貫性を持たすことを失敗させ
事件の顛末を追うサスペンスとしての失速を招く
ラストシーンの『キリマンジャロの雪』に掛け、英二からの手紙を胸にしたアッシュの穏やかで満ち足りた死のシーンは美しいが、
巨悪と立ち向かった「BANANAFISH」はすっかり霞んでしまっている



次作『夜叉』は自身のしがらみとこだわりから解放され、よりサスペンス性とエンタメ性が重視された自由な作風になっている
「母性」が大きなテーマになっているが、しかし残念ながら物語全体の熱量は落ちているのだ


女であること男であることの強い拘りから解放され、再びよりダイレクトに人間そのものに描写の対象が向かった
後期作『海街diary』は洗練された筆致で人間を優しく描き、度量の大きい物語となっている
吉田秋生の過程の物語として本作『BANANAFISH』は存在している
[共感]
2019/02/11 BL路線について、なるほどと思いました。他作品を読み込まれているからこその視点ですね。私は吉田秋生さんの作品はBANANA FISHしか読んでいたいので他の作品も読んでみたいと思いました。 by shioko07


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