[日本映画]生きる: 2007/09/19 どうか Kappa と発音してください。


いきる / Ikiru
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[推薦数:1] 2007/09/19 良い(+1 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:326(30%) 普通:448(42%) 悪い:303(28%)] / プロバイダ: 7683 ホスト:7691 ブラウザ: 5979
集団という中での人間の弱さをまざまざと見せ付けてくれる。そして、その中からでも一握りの可能性がいつもあるといことを伝えてくれる作品だ。
ラストシーンは特にその人間の弱さを叩きつけられるのだ。ただし、ひとかけらの希望は残してくれていると感じる。
黒澤監督「僕は、この人間の軽薄から生まれた悲劇をしみじみと描いてみたかったのである」と言っている。しかし、人間はそれらのことは直面しないとわからないのだ。私はそれが生存における防衛本能だとも思っている。もちろん監督もその悲劇に対して断罪するつもりも、否定するつもりもないだろう。人間そのものを描こうとしただけだ。
だから、ラストシーンはこの作品を観て感動した者に向けられた、皮肉を含んだメッセージのように思えてならないのだ。映画を観て、感動して、生きることについて考えてみる。そして次の日からは、また今までどおりの日々を生活する。これはまさ最後に木村をねめつける人たちのようなのだ。

黒澤監督は人間の汚さや弱さについて映画の中で言い訳をしない。そこには人間が描かれているだけなのだ。わずかでも強く生きた人間の美しさを描いているのだ。

有名な夜のブランコシーンがある。その場面での志村喬の演技はとても凄い。喜びと悲しみがないまぜになった、静かな心がそこにあるかのようなのだ。「日本映画史上に残る屈指の名シーン」と言われるのもわかる。が、泣けない。
ここは泣くべきシーンではないであろう。志村喬の表情を噛み締めるところだ。



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