[小説]小説 ティガ・ダイナ&ウルトラマンガイア 超時空のアドベンチャー


しょうせつ てぃがだいなあんどうるとらまんがいあ ちょうじくうのあどべんちゃー / Tiga Dyna Gaia Chou jikuu no Adventure
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2018年文学総合点18位18作品中
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著者:長谷川圭一円谷プロダクション
出版社:講談社
日本 開始日:2018/12/02(日)
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最終変更日:2018/10/04 / 最終変更者:mosukuwa / 提案者:mosukuwa (更新履歴)
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2019/01/16 最悪(-3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:2210(57%) 普通:775(20%) 悪い:861(22%)] / プロバイダ: 44288 ホスト:44225 ブラウザ: 8944
昨年、『ウルトラマンガイア』の放送20周年企画の一つとして執筆された本作。
映画のTDGの続編でもありつつ、平成ウルトラシリーズのいくつかの作品からの引用もあり、「吉岡毅志」の登場などといった小ネタもあり、様々な要素を詰め込んではある作品です。
まあ、これまで東映作品のノベライズの多かった講談社キャラクター文庫も待望のウルトラシリーズ小説という事で、刊行には驚きもしたのですが、読んでみると内容は散漫で「作品」「小説」という形では褒められる出来ではないというのが正直なところでした。

単純に、色んなネタを詰め込みすぎて散漫すぎるというのが一つ。
TDGの続編として勉たちのその後を描写するのに加え、俳優・吉岡毅志のヒーローとしての再帰、『ティガ』よりチャリジャの登場、『ネクサス』などの楽屋ネタ、異世界からティガやダイナの登場、英雄視される勉など、マニアネタやシチュエーション芸が多いのが目につきましたが、基本的にそこまでの段階や伏線、受け手のボルテージを上げさせる為の積み重ねが欠如してるんですよね……。
端的に言うと、考えた事の殴り書きに近くて、構成自体があったものではないんです。
要素が多すぎて何が軸なのかも読み取りづらいですし、後半になるにつれオリジナル要素に近い「勉たち」の話が頭に入らなくなっていきます。

それから、吉岡毅志関連の話なんかも要素の一つとして挙げると思うんですが、どうしても「え?本当に吉岡さんの意思に基づいた描写なの?」っていう疑問が頭に湧いて、その「実在人物の『架空』」の再帰をドラマとしてどう受け入れれば良いのかわからないんですよね。
現実ではイベントにも度々登壇して、ウルトラマンだった事をアイデンティティとして扱い、後には何度も我夢を演じている人なだけに、この小説のように「ガイアのファンを相手にもリップサービス一つせず、『自分は我夢ではなく吉岡毅志、昔の役をいつまでも混同されても困る』と言ってしまう」ようなイメージは湧きませんし、そこで微妙に書き手と受け手の感覚でズレちゃってるんですよね。
「神対応」という言葉が浸透された昨今の芸能人のイメージや、あるいは戦略からすると凄くうそくさい。
ほとんど同時期の『平成ジェネレーションズFOREVER』もまた、役者としての佐藤健の意思みたいな物がぼんやりと作品の一部になっているところはありましたけれど、こちらは吉岡さん自体の内心や心境に確認を取ったのか、少しでも汲んだのか怪しいところが出てしまいますし、多分、「一昔の特撮ファンが勝手にイメージする俳優」なんですよねコレ。今自分たちがSNSやインタビューを経て見ている「今の特撮ファンに見えている特撮出演俳優」の役への愛着ぶりとは解離がありすぎて、ここでもう勉たちの生活描写にリアリティや共感を与えられなくなってる。
で、やはり解説で吉岡さんには「別次元の別人格」と、ある種現実との差異みたいな部分をほんのりと言われてしまっている。
小説自体はフィクションとはいえ、実在人物を表現するうえでどうなの?と思いますし、小説内に吉岡さんが登場する点は「リアリティ」や「説得力」が目的の一つだと思われるのですが、そこで逆効果を与えているような気がします。

更には恒例行事と化してきた市民の応援ネタにしても、後半で結構膨大なキャラを出してきた為に非常に読みづらく、そのうえ数行おきにその応援ネタが挟まってきてむしろ冷めてしまう内容に感じました。
「市民の応援」というチェック項目にチェックする為にその描写を入れ、出したいキャラを差別化する気もないまま同一の役割で無理に出していったような感じで、作品として盛り上がる流れがあってのモノとは思えません。
後半は「ウガァァァァッ!」みたいな文章と簡素すぎる文章のアクション、加えて応援描写による感動の安売りになっていってしまったように思います。

長谷川圭一作品の悪癖である「人間不信ぶり」も本作ではやはり抑えきれておらず、極端に性格の悪い人物を使ってキャラ一人を絶望させる展開には幻滅。
「大人の事情」に振り回されて子供心をなくしていく大人の描写にしても、なんだか過剰に思えましたし、善人悪人ともに真に迫った人間描写が今回もないんですよね。
嫌な奴は単に「自分がとにかく憎むしかないような醜悪な存在」とされていく。今回もそうでした。

結局、本作の中には、「かつてTDGを見て今もなおウルトラシリーズのファンでいる人間」として、勉たちにリンクする生活感みたいなのがほとんどないんですよね。
そこをリンクさせて、直撃世代の「子供たち」が大人になった時、「そうそう!」と思える共感を与えなければ、そもそもこの小説のような作品は意味を成せないところがあります。
しかし、本作はそこにおいて工夫や観察が足りず、なんだかテレビの中でしか見ないような「社会への絶望」や「テレビと現実とのギャップ」とかばかりを描写してしまい、共感できると思える場面がビックリするほどない。
だから結局は読んでいても、「共感させようとすり寄ってきているのに、他人事としか捉えられない」という読み心地の悪さに繋がってしまうんでしょうね。
読者の代弁者たちが見せる「ノスタルジー」が実際の読者の体感できるモノではなく、あまりにフィクションの文法を則った使い古しすぎて、代弁者としての役割を持てないのが本作の根本的な欠点と思います。

評価は「最悪」。
良くも悪くも子供がイメージだけで書いたような二次創作。
本来熱中できる箇所に至る説得力も乏しく、悪人を出すわりには人間らしさがなく、書きたい事を詰め込んで非常に読みづらい作品になってます。
想定するターゲットは、おそらくは『大決戦!超ウルトラ8兄弟』を既に通ったウルトラファンだと思うのですが、そこを経ていると同じ文法をパターン化させ、味をしめて同パターンの派生で感動を押し売っているような印象も受けてしまう。
見たかったような「我夢と勉の再会」もなく、TDGとノリが違いすぎるのもなんだかなぁという感じでした。

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記事日時:2018/11/16

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