[小説]カラマーゾフの兄弟


からまーぞふのきょうだい / Brothers Kramazov
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注意: これは文学版。その他メディアのページ: ドラマ:カラマーゾフの兄弟
文学総合点=平均点x評価数82位4,619作品中総合点27 / 偏差値75.17
文学平均点4位267作品中平均点2.70=最高/10評価
1879年文学総合点1位2作品中
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作品紹介(あらすじ)

地主フョードル・カラマーゾフの息子たち、性格がお互いにまったく異なる3人の兄弟ドミートリイ、イヴァン、アレクセイ(アリョーシャ)の物語である。フョードルの殺害、また、その事件をめぐる裁判を描く。
※ このあらすじ部分にはWikipediaを参考/または引用した部分があり、GFDLのラインスが適用されます。
著者:フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー
出版:新潮社 光文社 岩波書店
海外 :開始日:1879
16,0171010
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4人の方がこの作品が文学として最高だと投票しています。
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最終変更日:2013/10/27 / 最終変更者:永田 / その他更新者: ソンプーGU / TCC / 提案者:カトル (更新履歴)
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2017/10/13 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:36(100%) 普通:0(0%) 悪い:0(0%)] / プロバイダ: 2775 ホスト:2686 ブラウザ: 5213
【良い点】
3兄弟の極端な性格が面白い。
三男アリョーシャは純粋。
次男イワンは冷徹。
長男ドミトリーは豪快。
一番の曲者は、父親のフョードル。
こいつの血を受け継いだがために、3兄弟は、それぞれの苦悩を背負うことになる。
長いけど、一気に読める。
理由はわからないけど、一気に読める。

【悪い点】
スメルジャコフの素性をはっきりさせなかったこと。
フョードルの私生児だと匂わせているが、本当はどうなのか。

【総合評価】
なぜなのだろう。
ドストエフスキーの作品は、長いのだけど、読めてしまう。
セリフが異様に長い。
しかし、だからこそなのか、読む推進力がつく。
驚いたことは、この作品には続編が構想されていたということだ。
アリョーシャと少年たちが大人になってからの物語。
この物語では、アリョーシャは神を信じる純粋な青年である。
それが、どう変貌しているのか。
アリョーシャ自身が「僕にもカラマーゾフの血が流れている」と発言している。
これは何を意味しているのか。
「カラマーゾフの血」とは何か。
私は、「信仰を破る業」だと思う。
人間は、何かを信仰する力を持っている。
しかし、同時に、信仰を破る力も内在している。
自分が信じているものを、自分で破棄してしまう。
そんな非論理的な作用のことを、「カラマーゾフの血」と喩えたのだと思う。

2014/05/14 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:135(77%) 普通:34(19%) 悪い:7(4%)] / プロバイダ: 31059 ホスト:30948 ブラウザ: 5949
想像していた内容よりもずっと良くて読みがいがあった。
本の裏表紙やアマゾンのレビューに騙されないように。実物は印象が随分違うので。
とはいえ、人によって印象はそれぞれだろうから、実際に読むと、特に宗教関係の内容に馴染みがない読者は面白いと感じる前に難解さでギブアップさせられることもあるのではと思われる。

内容の濃い大長編で、細部まで感想を書き始めたらきりがないので、簡単にピックアップしてみる。

【良い点】
・ギャグが多い…これを第一に上げるのは滑稽かもしれないが、私的にはこの超大作の読中、何度もギャグに笑わさせられ、ギャグがあったからこそ読了できたとさえいってもよい。
ギャグの存在はこの作品に読みがいを実感させられた、手に取って読んでよかったと実感させられた、重要要素の1つである。
ネットレビューでギャグについて触れているものがないのは不思議である。道楽や宗教部分に目がいってしまっていっぱいいっぱいのか、飛ばし読みしてるからギャグが目につかないのか、他人の事情は分からないが、笑いはいたるところにちりばめられているしそれを1度でも実感すればもう笑いをキーとして楽しめる作品であり、多少退屈な記述がやってきても乗り越えられるのだ。

・ミステリー要素

・宗教談義、哲学的談義

・長編自伝のような内容、それでいて主役は複数人いる

【悪い点】
・長い。しかし1つの場面で100ページ以上使って長く語っているのは、読まされる方としては時々たまらなく苦痛を感じてしまったが、あとの展開にその長い語りが生きているのは何度も実感した。どれも必要な文章なのだ。だが、私だけでなく多くの人が最初にブチ当たる長い壁は宗教関係の話が延々続く第一部の一場面のところだろう。これを乗り越えると、その後たびたび出てくる長い語りの壁はそれほど苦にはならないだろう。

・序文で確かこの作品の内容について、アリョーシャの変人的な性格が世間にもたらすおもいがけないもの、といった感じの予告がなされていた。なので私はどれほどアリョーシャが旋風を巻き起こすのかとずっと期待して最後まで読んだのだが、アリョーシャの物語にはならず、肩すかしをくらったわけである。主人公はアリョーシャ一人だけではなく、彼は数多い主人公の1人にすぎなかった。序文の前書きで受けたその印象は誤解を招くものだった。

・読む前に参考になるレビューがない。
探せばいくつか出てくるのかもしれないが、私がざっと見た限りではどれもこれも、実際に私が読了して感じた良い点を指摘して紹介しているものは皆無だった。もちろん、手に取った各訳本の背表紙や帯等にのっている紹介文も含めてだ。非常にもったいない。逆に、おもいがけずおもしろい本に出会えたわけで読了したことは幸運だったといえる。

・レビューといえば、ネット上で目につくのがイワンの大審問官のレビューだ。どれも有名!有名!と連呼しているが、何をもって有名なのか私は知らないし分からない。大審問官のくだりは、哲学古典でよく目にする種類の問答で、別段ユニークなものではなかった。それよりも、それと同じ章にある、イワンとアリョーシャのやりとりが爆笑ものだった。兄イワンの話が弟にとってますます理解不能の領域にいってしまい、その最後の部分でフリーメーソンの話を兄が出したのを受けて、兄さん自身がフリーメーソンなんじゃないか?とアリョーシャが口をすべらせるところや、最後に大審問官の結末を尋ねられた時にイワンが構想として答えたのはキスで許しを与えるという内容だったが、その話の後で、アリョーシャの理解が得られていないことを察したイワンはアリョーシャにさえ許されていないと白状したのだが、その発言を受けてアリョーシャが無言で兄にキスをし、それに対してイワンが「実地で盗作ときたか?」と突っ込む展開など、うまいものだ。

・社会背景や文化背景の知識が私に不足しているので、理解しがたい部分があった。それは、残念なことに最もクライマックスの部分であり、「お百姓たちが意地をとおしました」の章の結末だ。なぜ百姓がミーチャを有罪にしたのか分からない。これはブラックボックス化した陪審員の判決の協議内容になにか有罪に繋がるものがあったとかいう話ではない。章のタイトルにお百姓たちが意地をとおしましたと書かれており、その他の章のタイトルの性質を考慮すれば、百姓がミーチャを有罪にした、百姓だからミーチャを有罪にしたのは明らかなのだ。だが理由がわからない。

・裁判の判決内容…もちろん、あれはあれで色々示唆する内容に富んでいるし、また、その後の展開へのつなぎ(逃亡)だと考えればそういう展開もありかなとは思うが、この最終章とエピローグを読み終えた直後に訪れる空虚な感じがあったのは確かだ。え?これで終りなのか?この後どんでん返しがあるのではなかったのか?という感想を読了直後に抱いたのは確かである。

【総合評価】
最後まで読んで、作中の様々な多岐に及ぶ内容を振り返り考察すれば「とても良い」、という評価を下すしかなくなる。これが超長編でなかったなら、不満部分の印象が強くなりせいぜい「良い」評価になったかもしれない。というか、各部をバラバラにして個別に評価すると「普通」や「良い」止まりだがそれを合わせた1つの超長編としたら相互作用で「とても良い」評価になってしまう、そんな感じの良作である。

2011/09/07 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴 / プロバイダ: 10556 ホスト:10366 ブラウザ: 11752
3巻にまたがる長編ですが人間の愚劣さ、欲望、本性がこれほどまでとはと感じる内容です・・しかも展開が読めないだけでなく人物の過去等がかなりのページをさいて挿入されます。

しかし破綻や中途さはなく、一貫した何かを感じさせます。主人公である三男のアリュ―シャが誠実な人物として描かれ、又他人からも信頼され他の人物が彼には本当の気持ちを打ち明ける事が多い為他の人物の本心、特徴が分かりやすく描写されます。カトリーナにそれが顕著です。
それが各人物を際立たせ物語に混乱状態を持たせないようにしていると感じます。ただ強いて言えば上巻のドミートリ―の話が長いです。

またこの物語は「父と子の愛憎」と、「信仰と不信」の2つの対立テーマが存在します。
その例が長老とイワンの高次元な会話のすぐ後にヒョードルとドミートリーが金をいくら貸したとか飲み屋で暴力を振るったとか卑小な喧嘩を始めるんですが、両極端にして人間の両面を描いている気がします。

前者は人間の存在を問う事や命の復活など高度かつ高尚であり、後者は口汚い嫉妬やいがみ合いです。

この2つは正反対のようで、どちらも人間に共通するものではないでしょうか。

ヒョードルはディドロの洗礼話をついたりミウーソフの真似をしたり二度の結婚で子供を放任していたりそれでいて道化を演じるのも好きで人をからかうような言動をしている為、神父との対比が際立ち、さらにここにイワンと老父の対立が入ってきます。
皆完全な悪人と言うよりも癖のある人が多いのですがアリュ―シャと神父がそれを緩和と救いを与えている印象があります

序盤はゾシマ長老が巡礼した人を癒やす展開ですが、この時点で既に国家が教会に変わったら、人間再生の思想や罪の意識は国家に対してである罪人は排斥出来ないと言うレベルまで話が進みます また教徒でありながら社会主義であるやっかいな人の存在も書かれます。
。しかしその後イワンは社会主義と異なる考えで対立をふきかけます。裁判において共存はありえない、国家から追放される等対立者として意見を言ってきます。
対して神父は教会がなくなれば罪を犯したものが完全に心が救われる事がなくなると言います。いわゆる普通の会話ではなく人間の存在意義や根源そのものにまで話題が及んでいます。

やはり、この作品の凄い所は「論議の内容」「壮大さ」にあると思います。」「国家に教会がとってかわるべきか?」「人間を悔い改めさせるのは法律ではない。反逆すれば居場が無くなる」など、人間の存在意義や教会のあり方について等を日常レベルで序盤から話しているのです。
この後ヒョードルは恥を知りなさいと叱責されるんですが場違いな騒ぎを起こしてます

腹違いの兄弟達は性格は違ってもカラマーゾフの血の事を気にしていて、それが人間の悪性を呼び出すと思いこんでいます。それが父から受け継いだ情欲だとラキーチンも言います。

その中でも上巻はやはりドミートリィにつきます。アリュ―シャのみを絶対的に信頼している為過去話が非常に長いのですが。
女性と金をめぐって次男と父親が殴り合い・・ラキーチンも何か事件を起こすだろうと確信しており今後の展開を想起させます。

ドミートリ―は自分の事を卑劣漢だと言いカラマーゾフの血がそうさせると言ったりあいさつを頼んだり散々にいい加減な所をアリューシャの前で出しながらも俺は大金を使って女遊びをした事はないと言ったり3千ルーブルや女性の事でもめる。本当に愛しているのか。挙句連行。しかし神がいなければ人間は変われないとも言う。

イワンの大審問官等まさに圧巻である。彼はユークリッド説を振りかざしあくまでも神の世界を否定しはばからず一方的に持論を展開します。人間悪論を過去の他国の事件や出来事を引き合いに出したり未来の子供が不幸だと言ったり、聖書を否定し、人間はパンをくれる者にしか従属しないと言います。良い意味か悪い意味か自立心が強い為に学生時代から他の学生よりずっと多く論文を発表し、人生で作り上げた彼なりの完璧な哲学がこれなのだと感じさせます。

これほどの相手を言い負かす事は出来るのだろうかと思わせます。
しかしその後さらに圧巻の展開が待つ。それが紳士である。その前にスメルジャコフとのやりとりで意外な一面が明らかにされる。
スメルジャコフはイワンがけしかけた犯人で殺したのは自分だと言い、イワンを混乱の渦に落とし入れます。

更にその後の謎の紳士との遭遇。もちろん話している時もそうですがアリョーシャか現れてからその真の恐ろしさが伝わります。「君は知性さえあればいいのだろう」と彼は長話の中で不意に突っ込む。そして科学を否定し天国や地球の話をすでに忘れていたはなしだと言うのに圧倒されました。
イワンが悪の化身となっていくのは、散々それまで神父さんたちが信仰しなさい、でないとこうなるという伏線でもあったのではないでしょうか。

ゾシマ神父がなくなってからの話がとても長かったですね。なにせロシア全体に修道院を広めた上際立った洞察力を持っている方ですから。もはや物語であるとはいえ神を信じる事はどういった事か、無神論者とはどう違うか、話の流れは関係なく全ての意思を叩き込んでいるようでした。長いので割愛しますがそうでなければこの本はただの父子の愛憎劇に終始します。
ある意味、この作品の評価が高いのは小説と言う枠組みを超えたドストエフスキーの思想の集大成であるとも言えます。 父子の愛憎と信仰と無神論者の2つの対立の物語なのであり、スケールが果てしなく引き上げられている。なぜならアリューシャ以外は全員悲劇を迎えているからであるからだと感じます。

法廷でのやりとりが圧巻で、ロシア全体にまで及んでしまう。しかし逆に言えばロシア社会、ひいては人間全員の根源的な問題にまで話を広げる必要があったのではないでしょうか。
これほど歪んだ犯罪だとは・

しかし破滅した人間の救済、偉大なるロシアの戦車と言う言葉が印象に残りました。結局、人間を救うのは慈悲の魂だと言う事なのでしょうか。

[推薦数:1] 2011/08/06 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:330(53%) 普通:163(26%) 悪い:125(20%)] / プロバイダ: 14067 ホスト:14112 ブラウザ: 10030
「この世に神というものは存在するのか」「生まれながらに罪深い存在である人間は救済され得るのか」。読者によって本作の捉え方は異なるとは思うが、私は上記の如くキリスト教学に基づいた理論を3人の兄弟を軸にして展開する宗教色の濃い作品だと思う。そしてメインテーマは前に挙げた通り「神は存在するか」という壮大で高遠なテーマである。

このテーマについて兄弟達が3者3様それぞれ異なる考えを持ち、作中において行動するその描写が素晴らしい出来だと思う。中でも次男のイワンの考え方である無神論は、神仏への信仰を失いつつあるわが国にも当てはまる人が多く、自分としても1番馴染みやすい考えであったことが、幸いにも読みやすかった。

だがこの考え方はスメルジャコフの言葉である「神がいないのなら罪を犯しても罰せられることはないし、それならば父を殺しても構わない」という言葉によってイワンの中で崩壊し始める。結果自らの精神に破綻をきたしまった彼は己の信念を貫く自信を失うこととなるのである。これは作者の意思がこの無神論に存在しない表れであると捉える事が出来るかと思う。要は「神は存在する」と言う事だろうと。

だがイワンとは逆に神の存在を信じていた長男ドミートリイも結末は同じ様なものとなってしまう。彼は「神がいなければ人は救われることが無いし、救われるものがいなければ人は善人になれない。この世に神がいないのなら誰を愛し誰を賛美し誰を信じて生きていけばいいのか、だからこそ神は存在する。」といった激しい口調で神について叫んでいた。これは彼の善良さと強い信仰心を表していると思うし納得出来得るものでもあったのだが、彼は己の強い感情に流される傾向が強く抑制が効かない性質であり、その為に父殺しの冤罪で収監され裁判において有罪を宣告されてしまうこととなる。この件で彼の神への信念も内面において間違いなく揺らぎ、かつてのような強固なものではなくなっただろうと思う。つまりイワンと同じく己で信じていた「神は存在する」という考えを以前のごとく叫ぶような信念はもう持ちえなくなってということだろう。

以上2人の人生に係わる大きな出来事が、1つの事件(父の殺害)を契機として同時に2人の神の存在への考え方に何かしらの大きな変化を与えた事、これに関した裁判のシーンこそが本作のメインでもあろうと思う。特に審問での描写は見所が多く、彼らの内面の変化が見て取れる興味深いシーンとなっていたことには満足させて貰った。

そして結局テーマに関しての答えを示唆してくれたのは三男のアリョーシャだったかと思う。そして私にはアリョーシャの語るものがドストエフスキーの望む未来というものの様に思えるのである。つまり人それぞれが相互に助け合い、思いやるといった博愛的精神に溢れる世界こそがそれである。彼が望む未来とはそういったもので、神とは良心であり人の心なのではないかと私は思うのである。そして多分これがドストエフスキーの読者へのメッセージであり一応の答えなのではないかと考えるのである。そしてこれはヒューマニズムに基づく考えでもあると思う。

全体として作品を通しキリスト教色が濃い作品は日本人にはやはり馴染みづらいのではないかと思う。最後のシーンも救済された「罪と罰」と比べて多少歯がゆい感じがしてしまうし、続編がやはり欲しくもあった。まあそういったことでも同じ宗教色の濃いドストエフスキー作品においては、やはり「罪と罰」の方が読みやすいかなと思いもする。だが感動するもの全てが必ずしも読みやすい作品だとは思っているわけでもなく、本作が名作であることには関しては私も疑うべくも無いのである。

2010/09/29 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:670(88%) 普通:60(8%) 悪い:33(4%)] / プロバイダ: 48093 ホスト:48077 ブラウザ: 3876
私の好きな小説でおそらくNO1。私はどうも理屈っぽく考えたがる。その脳の癖にこの作者は合っている。ただ罪と罰はここまで好きじゃない。出てくる人間がどれもこれも面白い。

ただ私はこの作品どうしても踏みこめれないものを感じている。日本人で好きな人間に聞きたいところがあるが、この作品の根底にあるキリスト教への傾倒はどう理解しているのだろう?私はこの作者がキリスト教の熱心な信者であるためその影響で新約聖書を読んだ事がある。それぐらいこの作品は私に大きな影響を与えている。たださすがにロシア正教についてまでは突っ込んでない。

多分仏教徒である私には聖書は面白い物語にしか見えない。大審問官この話は分かる。ただ何度も繰り返されるロシアの民と切り離せない宗教の話。無視できない。彼の経歴をちょっと見たが、若い頃共産主義者で後に熱心なロシア正教の信者となる。罪と罰も最後はキリスト教による救済で物語を締める。彼の精神の根底にはどう考えてもキリスト教が重要な位置を占めている。西洋人やキリスト教徒にしか本当の意味でドストエフスキーは理解できないんじゃないかと感じるところがある。もっと突っ込んでロシア正教の信者のロシア人にしか。

私の心は聖書を読んでもなんら精神が変化する事は無い。むしろブッダの言葉のほうが私の心にはすっと入ってくる。

しかしそれはおいておいて、推理小説としても十分面白いし、裁判物としても楽しめる。ただこの物語の3人の兄弟が最後にぶちあたるのがやっぱりキリスト教と神だ。イワンの精神崩壊はどうみてもキリスト教を失った合理主義による空虚な精神だと思われる。これはキリスト教の様な神がいる宗教を持たない日本人には起きない現象だ。確かに現代人の精神は、不安定だ。しかしそれが神の不在が原因では無いのだ。元々日本にはキリスト教の神のような存在は無いのだから。せいぜい天皇ぐらいなものだ。神がいないゆえのイワンの精神の不安定さ空虚さが全く理解が出来ない。ただ何故私が聖書を読もうとしたか、自分にも救いがあるのかもしれないと思うところもあったから。残念ながら無かった。根本的な所で彼らと思考のベースや感受性が違う。

2010/07/03 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:3075(33%) 普通:3194(34%) 悪い:3018(32%)] / プロバイダ: 25602 ホスト:25594 ブラウザ: 11293
そう言えば、ドミトリーという名前の曾孫の方も
いるらしいが・・・・・・・・・

特にカラマーゾフ一家の掘り下げが面白かったと
まず感じました。ドストエフスキーの父で暴君だった
ミハイルの分身であったろう親父のフョードル、確かに
人間としてはアレだったのでしょうが、自らを
「道化」と評したり、長男と醜悪なる争いを繰り広げたりと、
中途半端ではない、良い意味でトチ狂っていたというか、
見ていて清清しいものはありましたね。
直情的なその長男のドミトリーや、無神論者だった次男の
イワン、そして他の家族と違って、純情でクセが無い
アレクセイ等キャラ分けは容易なものだったし、
彼らを取り巻く連中の描写も綿密でしたね。

そうした彼らが織り成す展開、フョードルが殺されて
しまい、ドミトリーへの疑惑等が浮上する中、大審問官
等に繋がっていったけど、家族・宗教・国家・信仰等
様々なテーマが、無理なく盛り込まれていて、その
完成度は小林秀雄が指摘するまでも無く、かなりの
ものだったと思います。

殺してやりたいほど憎んでいたミハイルが本当に殺されて
しまったのを見て、そうした願望のみでも持っていた事が
罪だと感じていたドストエフスキー、死の直前に書いた
この集大成版からも、彼の人生に重く圧し掛かっていた
事が改めて伺えますが、一般的に傑作とされているのも
頷けますね。やはり彼はトルストイと並ぶ近代ロシア文学の
巨匠ですね。評価は「最高」に近い「とても良い」で。

2009/01/03 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:68(42%) 普通:50(31%) 悪い:44(27%)] / プロバイダ: 31671 ホスト:31699 ブラウザ: 4926
果たして文学とは理解するものか感じるものか。私は文学マニアではないので
この偉大な作品の前にその凄みを感じることしかできなかった。
よって自分にとって印象的だった場面についてのみ述べるとしよう。

「自分は人生の意味などない、ただ人間は生きることを愛すべきだ。」
との旨をアリョーシャが言う。

なぜ人は人生の意味などというものを考えるのだろうといつも疑問だった。
そしてカラマーゾフの兄弟という世界で最も偉大な作品の中に賛同者を見つけ
た時の衝撃、そして自分の哲学をより強固にする出来事であった。

偉大な作家は誰しもが考える言葉にできない「真理に近いとも言える何か」を
文字によって表現してくれるものだ。

自分が評価するのはおこがましい作品。
[共感]
2010/10/29 「真理に近いとも言える何か」良い言葉ですね by 名もなき詩人

2008/11/22 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:52(70%) 普通:12(16%) 悪い:10(14%)] / プロバイダ: 8025 ホスト:8205 ブラウザ: 4483
【良い点】
1、「キリストが再び降臨したらどうなるか」の話を読んで自分には全く想像のつかなかった展開になり非常に驚いた。

2、主人公の親父さんはまるでアル・パチーノの演じる「スカーフェイス」みたいなキチガイでこの本の序盤から主人公の家族の設定に興味がわいた。

3、しっかりした個別の性格を設定してあるので誰が誰なのかわかり易くページをあまり振り返らずに済んだ。

【悪い点】

1、自分には「学」がないせいか終盤の裁判のやり取りに退屈しちまいまして。

2、「罪と罰」や「悪霊」もそうだがこの頃のルーブルの価値がわからない。1ルーブル=1万円くらい?これも自分の学のなさが悪いんで、はい。

【総合評価】

退屈せず5日で全部読み終えたということは他の事をほっぽらかしにして熱中したという事であるし読み終わった後の余韻が最高だ。

[推薦数:1] 2008/07/06 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
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【良い点】
人物描写・心理描写の緻密さ。

【悪い点】
なし。

【総合評価】
こんな凄まじい作品に二つしか評価が入っていなかったのは不思議です。

あらゆるジャンルで他の作品で見ることができない特徴は、人物描写の深さです。
登場人物全てがそれぞれ全く異なる価値観・人生観を持っていて、血が通っており、
これが作品の骨太さというか、説得力を生んでいます。

また圧巻だったのが、大審問官の章。もはや地球上の人間が考え出したもの
とは思えません。

かなり分量がありますが、興味をもたれた方は、大審問官の部分だけでも読まれるこ
とをお勧めします。そこだけ独立して読むことも可能ですので。(複数の出版社から
出ているが、光文社文庫なら2巻の中ごろになります)
[共感]
2008/11/22 自分も大審問官の章を読んだ時はカトリック教会の本音を見た気がしました。 by コカポン

[推薦数:2] 2005/11/12 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:16(62%) 普通:2(8%) 悪い:8(31%)] / プロバイダ: 39528 ホスト:39386 ブラウザ: 6978
これだけ有名な超大作なのにも関わらず、評価が何時までも付かないまま放置なのは寂しいし、僭越ながら自身最高評価作品としてこの小説を選んでみたので、もう少しこの作品の素晴らしさや優れた所を、不特定多数の人々に伝播させる義務が生じたのでは無いか、との考えから自分でも新たに評価を書き下ろしてみます。この作品から受けた影響は恐らく決定的であり、個人的には生涯忘れられないと断言出来る程でした。「魂が震撼させられる」と言った形容を臆面もなく使用してしまえる作品であり、尚かつ小説分野に限定してもこれ以前に読んだ作品全てが、小説の体裁を気取った全く児戯にも等しい、下らない言葉遊びに興じているに過ぎなかったのでは無いかとさえ感じました。それは小説技巧上のあらゆる効果、プロット、分析の域に達した心理描写、ドストエフスキー独自の哲理が歯切れの良い軽妙な文体とこの上なく調和していて、エンタメとも例えるべきか言い換えれば推理小説の如き娯楽性も兼ね揃えています。多分この小説は文脈一節一節から、何気ない日常会話の様な台詞に至るまで緻密に計算され尽くされ、細心の注意が払われた上で執筆されたと思われます。作者自身の才能でもなく実体験でもなく、そうもっと何か神懸かり的で形而上学的な悟性がそうさせているからだろうか、話は人類の問題にまで及んでおり、まさに現代人の為の予言書、民衆の為の小説であると言えます。例えばロシアの広大な大地が方々の他の国との大地まで、かつて太古の昔に超大陸として形成されていて地続きであったように、現代を生きる私達にも、この百年以上前の小説に作品が持つ経年的な外殻や同時代性を無視して、19世紀のロシア人と同じ感動を共有できる筈です。少なくとも私はそう明瞭に感じ取ることが出来ました。ところで偶然目を通したドストエフスキーの死後発見された創作ノートによれば、この小説は「偉大なる罪人の一生」なる大長編のほんの序章に過ぎなかったそうで、その膨大で骨太な構想の中から「ロシアの神」と言う言葉が何となく目に止まりました。例えこの小説に披瀝されている複雑晦渋な宗教的哲学談義に着いていけなくても、何となくごく朧気にこの作品から「ロシアの神」の片鱗を垣間見ることが出来る筈です。しかしここで言う神の概念とは、作者が晩年に精神的な拠り所にしたという、十字架に架けられて殉教した人間としてのキリストとはちょっと異質に思いました。自分なりにその神について思索を巡らせると、それはきっとロシアの風土に根ざした土着的で、民族性を体現した存在では無いかと類推しました。もしかするとそれは崇拝すべき偶像ではなく人間かも知れません。人間だとするとそれは本当に人間臭い、決して聖人君子では無い民衆の為の神であるに違いありません。あるいは決して信仰に準拠しない、尊敬の念による明晰なる指導者かも知れません。何故ならこの作者は、今までに信仰を持たない者の救いをテーマに据えて、作品を書き継いできたと思えるからです。「罪と罰」のラスコーリニコフは、フルネームをアナグラムの様に予め定められた計算方式で割り出すと、666と言う悪魔を象徴する数字が導き出されると言います。本作の登場人物であるアリョーシャも、修道院を出て行ったまま結局最後まで帰りませんでした。ところでドストエフスキーの小説のもう一つの具体的な特徴といえば、聖と俗、神性と無神論といった二元論的な対立と葛藤である様に思われます。数ある作品群から例を挙げるなら「聖」に属しているのは、チホン僧正、ソジマ長老、ムイシュギンなどが居て「俗」に属していると考えられるのは、スタヴローギン、ドミードリィなどが考えられます。この小説も内面の筋立てや伏線(思惟的流動)は、イワンの厭世主義的な無神論(マイナスの働きを促す物)と、ソジマ長老のキリスト教信仰との対決であると言われています。イワンの理性とソジマ長老の敬虔貫徹な信仰と、両者のどちらかが優れているが否か、個人の判断に委ねるのが正解であり、ここで決めてしまうのはナンセンスであるので止めて置きます。それは後半に差し掛かり、イワンの妄想が産み出した「大審問官」の反定立を具現化させたと思われる、悪夢の化身である人物が「我々が居なくては常識ばかりつまらぬ世界になってしまう」と言うこんな台詞からも窺い知ることが出来ます。最後の場面になるとあれだけの悪徳、愛憎、痴態、惨劇、堕落の限りを描いておきながら、アリョーシャが子供達と手を繋ぎながら声を和し、一応ながら僅かな希望を残した形で結末を迎えます。最後にこの作品ではどんな悲しいページであっても、何か小説舞台の天蓋に超自然的な存在がいて静かに、登場人物達の行く末を見守っているかの様な、作者独自の俯瞰的な視点を読んでいる間中ずっと感じました。それはそのままドストエフスキーの小説観を如実に示していると思います。自分なりの考察ではこの結末は、悲観せざる得ない時代から脱却を計るべく、人類の未来はやはり子供達に託そう一生手を繋いで行こう、と言う作者の願いが込められているのでは無いでしょうか。私は本作を初めて読了した時に、全世界の中にたった一人でもこの様な考えを持った人間(つまり作者)が居るのなら、人類はこれからも決して滅びないんじゃ無いかと大袈裟じゃなくて本気でそう思いました。今回このサイトでのシステム上の最高級評価を与えた動機は、これまで触れてきた全ての分野での、あらゆる作品の中から厳選した上での「最高!」の作品であると考えたからです。堅苦しい古典文学であると食わず嫌いせずに、出来れば若年期に是非とも手にとって欲しいですね。この作品の影響によって世界観、価値観、ひょっとしたら人生観までも変えさせられるかも知れませんよ。

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