[アニメ]さらざんまい: 2019/09/10 E・カリング


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[推薦数:1] 2019/09/10 悪い(-1 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:104(76%) 普通:11(8%) 悪い:22(16%)] / プロバイダ: 7259 ホスト:7137 ブラウザ: 5171
幾原監督らしい偽善臭漂う物語だったという印象。
画創りは見事だったと思います、浅草・江戸文字・下町文化といった和風テイストを採用して、ミュージカルで味付けし、
斬新で発想豊かな映像表現の数々は、映像作家としての幾原監督の真骨頂が惜しみなく発揮された素晴らしいものでした。

とはいえ物語の筋の悪さや作品の裏に見え隠れする媚びが、それらをいささか曇らせてしまっていると感じましたし、
文句なしに面白いはずの映像表現も、バンクが多く受け狙いみえみえのシチュエーションの繰り返しで、そのうち飽きてしまうのでした。

冗談とも本気ともつかない表現は、いい具合に見ている側の足場が怪しくなる感覚を楽しませてくれるのですが、
作品世界を統べる架空の原理やシステムが、ご都合主義的に主人公3人を導くものであり過ぎていたために、
彼らの姿を観ても魂に響くものが感じられません。
彼ら3人は「繋がり」を取り戻すために、何か観客に伝わるような「痛い」「苦しい」「辛い」ものと負けずに戦ったでしょうか?
ファンタジーでもロボットアニメでも、まともな作品なら架空のシステムの中に必ずキャラの成長を促す、
観客と共有できる苦労や努力の描写があるはずなのですが、
僕には彼らがカッパに与えられた原理不明のシステムに乗っている印象の方が強かったです。
そのため同調することも出来ず、共感することも出来ず、観ていて「そういうことじゃないだろう」という思いを度々するのでした。

演出手法にも疑問符が付きました。
はじめに意味不明も省みずキャッチーなシチュエーションを押し出して、
あとから回想回想の連続で意味が判るように補完するパターンを多用するのは、
幾原監督の定番の手法といえるのですが、その効果には疑問しか感じないのです。

それはこの手法には、観客との間に共感を醸成させるプロセスが存在しないと思うからです。
この作品にあったのは、エピソードを積み重ねるのではなしに、見目麗しき男性が艶かしく思い悩む姿、
またはいたいけな子供の無垢な思いやりの心を見せ付けることで、共感を得ようとするものであり、
それは創作者としていささか浅はかではないかと思えます。

そしてその反作用のように、観客の気持ちをキャラに同調させるというプロセスが、この作品には皆無なのです。
通常の(まともな)創作作品なら、もし観客を共感させたいと思うなら、
その登場人物の行為や思いを観客に同時に体験させることで、感情移入に繋げるでしょう、
しかしそれらをすべて回想という形で描いてしまっているこの作品では、観客は感情移入する機会を奪われてしまっています。
なにしろこの作品の登場人物は、裏切りや殺人といった非道徳な行為を犯すものですから、共感させられなければ嫌悪感が残り、
彼らによって表現されるはずだった「絆」や「繋がり」といったものごとを心地よく疑似体験するという、
物語の最大の魅力であるはずのものが、雲散霧消してしまうだろうと思うのです。
この作品が「回想」によって描いていたのは、「悪いことをした後の弁解」のようなものでしかありませんでした。

そしてこの作品に感じる違和感の最たるものが、綺麗ごとで飾り立てられたその下の、度し難いエゴイズムが隠しきれていないことでした。
主人公側とその他モブへの作者の視線に温度差がありすぎるのです、
川嘘交番の2人の巡査は人殺しに躊躇のない悪党のはずなのですが、
女性目線を意識した美形のゲイキャラとして描かれるのはともかく、こんな悪党をどういう風に扱うのかと思えば、
人殺ししても言い訳をたっぷりさせてもらえ、最後には悪事がチャラになり救済されたように描かれるとか、
まるで2人とも初めから共感されるべき存在という前提で描かれているようで、
観客が特別扱いしてくれるだろうという作者の驕った期待を感じるのでした。

その一方で主要キャラのために犠牲となったモブキャラは、一切省みられず、特別な存在に定められた者のために使い捨てられるだけ、
彼らには正しく納得いくような救いはけっしてもたらされません。
主人公の一人、一稀によって無理やり飼い主から引き剥がされた猫にいたっては、ついに返されないままでおかれ、
猫も飼い主も全然救われていないので、痛々しい気持ちが全く晴れないのでした。

この作品世界は特定の「特別な」者の「欲望」に都合よく作り上げた原理・世界でしかなく、
まるで二人だけの世界に浸りきって周りが見えないカップルのように、身勝手で「繋がり」のない他者に冷淡な精神がうかがえるのです。

また「繋がる」という言葉自体が精神のみならず、体の繋がり(それも男同士の)をダブルミーニングしているのは明らかで、
特定の層に媚びた、ホモがあからさまでケツの穴をイメージさせる画も、下品で嫌になります。

優れた映像表現のおかげで、何も考えずに観ていれば楽しいのですが、しっかり物語を辿ろうとすると疑問ばかりが浮かび上がる作品でした。
評価は、ストーリーの「とても悪い」を作画の「とても良い」(バンクが少なければ最高だった)が補って、「悪い」で。

幾原監督は映像表現に専念してもらって、脚本は別の人に任せてくれれば、きっと凄い作品が出来ると思うのですが・・・
[共感]
2019/09/11 映像表現に専念、まさに同感です。乱暴な設定やストーリーは映像表現の「言い訳」のような作品でした。 by 古典主義



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