[アニメ]海のトリトン


うみのとりとん / Umi no Toriton
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注意: これはアニメ版。その他メディアのページ: 漫画:海のトリトン / 文学:海のトリトン
アニメ総合点=平均点x評価数645位6,401作品中総合点47 / 偏差値55.20
アニメ平均点506位2,844作品中平均点1.47=良い/32評価
1972年アニメ総合点4位20作品中
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声優・俳優1.50(とても良い)6
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作品紹介(あらすじ)

とある漁村に住む緑の髪の少年トリトンは、ある日白いイルカ・ルカーと出会い、
自分が海の悪ポセイドン族に滅ぼされたトリトン族の行き残りである事を知らされた。
折りしもポセイドン族もトリトンを発見、その抹殺のため送り込まれた尖兵によって漁村が襲撃される。
自分の存在が村の平和を脅かす事を知ったトリトンは、自分の出生の謎を求めて大海原へと旅立った。
全27話 放送:朝日放送 TBS系列 制作:朝日放送 アニメーションスタッフルーム
原作:手塚治虫 プロデューサー:西崎義展 演出・監督:富野喜幸
脚本:松岡清治 辻真先 宮田雪 松本力
キャラクターデザイン・作画監督:羽根章悦 美術監督:伊藤主計 牧野光成
日本 開始日:1972/04/01(土) / 終了日:1972/09/30
オープニング動画 (2個)
GO! GO! トリトンGO! GO! トリトン
歌:ヒデ夕樹 杉並児童合唱団
詞:林春生
作曲:鈴木宏昌 [補記] [ファン登録]
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最終変更日:2019/11/09 / 最終変更者:霧の童話 / その他更新者: 管理人さん / ジャンボーグQ / 曲がり角のアイツ / TCC / 提案者:もろっち (更新履歴)
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[推薦数:1] 2020/01/16 良い(+1 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:769(51%) 普通:425(28%) 悪い:317(21%)] / プロバイダ: 18998 ホスト:18861 ブラウザ: 7477
特定の世代へアンケートを募ると確実に上位へと喰い込むであろう故・ヒデ夕木氏が熱唱する「激燃え」主題歌、初監督ながら後続作品へと連なる諸要素が随所に散見される富野喜幸(由悠季)演出の妙、「善悪」の価値観を覆す事で当時の視聴者に多大な衝撃を与えた最終回…。
…てな感じで、アニメ版『海のトリトン』に関する印象をパッと振り返ると概ね上記3点に集約され、其れ故に自分の中でも印象深い作品と成っている事は確かなんですが、一方でガキ心にもヒロインたる人魚・ピピが全く好きに成れなかったという記憶も残ってるンですよね。
そんな訳で、「記憶の再検証」も兼ねてウン十年振りに全27話の鑑賞へと臨んだ次第ですが、其の結果たるや如何に… ?

幼少時の記憶だと主人公・トリトンは漁村住民から忌み嫌われ、其れゆえ少々捻くれ者に成ってしまった「不憫なバックボーンを背負った少年」という印象が強かったんですが、実際の本編では思いのほか子供達と良好な関係を構築している上に、あからさまな嫌悪感を抱いてるのが「オトヨ」なるBBAだけなので其れほど差別されていた訳では無い事を知り、自分が長年抱いていていた記憶とのズレに面喰らった次第です。
トリトンの養父たる一平爺さんも「村人から白眼視されている」という設定が有るみたいですが、彼にも理解者たる漁師(名前ド忘れ)が宛がわれているので別段、養子ともども「村八分」にされてた訳では無いンですよね。擬似家族ゆえの「絆」の強さも描かれてますし。

にも関わらず、トリトンから「不幸」のイメージが拭い切れない原因の何割かは、設定上トリトンの「参謀役」に据えられている筈の白イルカ・ルカーと、第4話からレギュラー入りする本作のヒロイン・ピピ、彼女ら「敵よりも厄介な身内」の存在に有ったと言えるでしょう。
取り分け、序盤に於けるピピの「我侭三昧」「手前勝手」「世間知らず」振りは現在の感覚から観てもかなり不快で、都合が悪く成ると直ぐ様トリトンへ責任転嫁する上に一平爺さんすら愚弄する数々のDQN行為を目の当たりにして、何度「ポセイドンよりも先ず此のクソ人魚いてこませ」とムカついた事か…そんな理不尽な目に遭っても耐え忍ぶ、或いはやんわりと諭すトリトンが「いい奴」過ぎて泣けるのなんの(´;ω;`)
既存の「画一的」なヒロイン像を嫌いクセの有る性格を施す辺り、如何にも「歪んだ女性観」を持つ富野監督らしい作劇スタイルだとは思うし、最終回で明かされる真相を鑑みれば「ピピの傲慢さこそがトリトン族の本質」と読み取る事も可能なんですが、「敵役」たるポセイドン族の悪行よりも「身内」であるピピの蛮行に鬱憤が溜まるのは流石にゲンナリさせられます。そら、ガキ心にもピピが鬱陶しかった訳だわ。
其の上、普通なら「中立的に物事を捉えて適切な助言を与えなければ成らぬ役回り」のルカーまでもが、トリトンに対し「ピピの御機嫌を損ねては成りません」だの「トリトン族の未来の為に我慢しなさい」だの抜かして、露骨にピピの肩を持ちやがるモンだから、あたくしとしてはトリトンへの憐憫の情が増す一方でした。其れまで「聡明さ」や「包容力」に満ちた印象を抱いていただけに、今回の再鑑賞でルカーに対する株価が一気に「大暴落」する結果と相成りましたわ。此処まで融通の利かない「無能イルカ」だったとは…。

そんなピピも、遂に堪忍袋の緒が切れたトリトンから「制裁」を受けた事で徐々にしおらしく成っていき、やっとこさ「本筋」に集中出来るほど観易く成りますが、此処に至るまでほぼ1クール費やすってのは幾ら何でも引っ張り過ぎでしょうよ、富野カントク。
ポセイドン族の幹部キャラが無駄に多過ぎて地味に煩わしさを覚える敵側サイドの戦術パターン、毎回いいトコまで追い詰めるものの結局は次の戦闘へ持ち越しと成る幹部キャラとのバトル、「当初はトリトンを疎んじてた筈が再会時にはすっかり協力的に成っているイル & カル」「倒した怪獣の流血に怯え(富野作品名物)戦闘拒否症に陥った筈が、次の回ではアッサリ克服しているトリトン」てな具合に以前のシチュをガン無視した展開…等々、御大の演出力そのものに疑問符が付く箇所も多々見受けられましたね。まあ此の辺りは「初監督作品ゆえに」と擁護する事も可能でしょうけど。

半ば「伝説化」している最終回も確かに衝撃の度合いは大きいし、ポセイドン族の境遇にも「部分的には」哀れみを覚えるンですが、「俺らの悪行三昧は本(もと)を正せば全てトリトン族の所為。だから俺らがトリトン族の護ろうとした海を征服しても其れは正当な報復行為」と、全責任をトリトン族に転嫁する様には流石に首を傾げたく成っちゃいます。だからと言って無関係な「地上の人間」を襲撃し、己が「手駒」たる幹部キャラへと改造する非道が許される筈も無いでしょうよ。
何か長老の語る「真相」って、自分の思い通りに事が運ばず癇癪を起こしたDQNが「社会」や「第三者」へと筋違いな恨みを募らせるのに似てるんですわ。其れ故、彼らの原動力たる「トリトン族への怨念」には部分的にしか共感を覚えない訳で。

此処まで書いておいて、全体的に「批判寄り」な文章と成っている事に我ながら驚いてますが、決してアニメ版『トリトン』は嫌いな作品じゃあ無いンですよね。「アザラシ」や「ペンギン」に置き換えてるとは言え、年端も行かぬ「子供」すら容赦無く殺戮する描写には「弱者が犠牲に成らぬ『戦争』など存在しない」という富野監督の主張がモロに反映されているし、其の後の富野作品(主に『黒富野』方面)群への影響を把握する意味でも有意義な再鑑賞だったとは思います…尤も、若干の「忍耐力」を必要とはしますがね(にがわらいw)。
個人的にはレイ・ブラッドベリの『霧笛』へオマージュを捧げたと思われる第15話「霧に泣く恐竜」が、叙情的な内容込みで最終回以上に愛着が有りますね。「本筋」から少々逸脱したエピソードゆえ『劇場版』では割愛されてるのが口惜しいけれど、おススメです。

評価的には正直「普通」なんですが、思い出補正プラス主題歌のカッコ良さも加味してギリ「良い」と相成りました。
手塚アニメ恒例の「スターシステム」やヒョウタンツギなどの諸要素を一切用いなかった作劇スタイルも、何気に気に入ってます。

2018/12/29 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:1(100%) 普通:0(0%) 悪い:0(0%)] / プロバイダ: 4062 ホスト:3911 ブラウザ: 7431
【良い点】
通常のアニメのパターンである「勧善懲悪」「主人公は勝つ」「ヒロインと主人公は恋愛関係になる」「主人公は、仲間の皆から慕われる」「主人公は逆境に打ち克つ」「主人公は出会った者たちを仲間や子分にして従える」などの要素が、全て否定されており、<物事を善悪、正邪、敵味方の双方の視点から客観的に描く>ということをやってのけた結果、それまで、低学年向けであったアニメを思春期以降の視聴者の鑑賞に耐えるものとした点で、日本のテレビアニメ史の画期的作品であり、現代のアニメ・ブーム、コスプレ・ブームを作った(2次元作品の登場人物のコスプレは、トリトンの扮装をしたファンが、ファン・クラブ主催の上映会の余興として行ったことから始まり、その経緯がファン・ジンに掲載されて、コミケ会場で販売されて、コミケ会場でのコスプレが行われるようになったことから始まっている。それまでは、2次元作品を扱うファン・クラブは存在しなかったし、ファンが集まってアトラクションを行うような場も無かったのである。トリトンの放映は1972年、コミケは1975年開始である)。主人公の少年の声優に同世代の少年を起用したことにより、主人公の内面の繊細な表現が可能となった点でも、極めて高い評価ができる。音楽は、通常のアニメとは異なり、フル編成のオーケストラで演奏されており、大変に聞き応えがある。

【悪い点】
作画スタッフに、虫プロ系の人材を充てることができず(西崎・手塚事件のため)、西崎氏が急遽集めたスタッフでの、先行制作による作りダメもない中での放映開始であったため、オープング(これは音楽と動きの双方がマッチしたアニメ史上の最高傑作であり、2017年の「ダリフラ」のエンディングの第一作にもオマージュが見られる(ゼロツーがクレーンから飛び降りるシーン)。特に、伴奏が一瞬パウゼになり、アカペラーで「ひとり」と歌われる部分は、この作品が、どこにも身を置く場所がない孤独な少年トリトンこそが作品の主題であることを端的に示した点で、極めて高い芸術性を備えている)を除けば、レイアウト、アクション、撮影のいずれについても、十分とは言えない仕上がりであり、3話まとめての受注であったため、最初の1回は水準が高く、最後の3話目はガタガタということの繰り返しのような状態であった。放送の延長は、このような制作状況では不可能であっただろう。しかし、そのタイトなスケジュールから、独特の「ストップ・モーション」の演出が生まれた点は評価して良い。また、キャラクター・デザインは極めて優れていると思う。

【総合評価】
テレビ・アニメ史を語る上では、外すことができない作品と言えば、トリトン、ヤマト、ガンダムの3つであり、そこに「未来少年コナン」と「太陽の王子ホルスの大冒険」を加えれば、日本のアニメの基本的な流れを作った作品とスタッフを知ることができる。エヴァンゲリオン他の後続作品は、全て、これらの先行作品を基礎として発展してきたと言って良い。

[推薦数:1] 2018/09/22 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:278(58%) 普通:102(21%) 悪い:96(20%)] / プロバイダ: 19667 ホスト:19744 ブラウザ: 11319
これこそ黒富野の原点かも
【良い点】
・原作漫画を大胆に改変
・七つの海を巡る冒険譚
・原作では死亡したトリトンが最後は生き残った(但しその後は消息不明)
【感激した点】
・熱心な当時の中高生視聴者がファンクラブを結成したりその後のサブカルチャーの礎を築いた(当時のファンはキチンと法令を遵守していたので、今のアニメファンは見習うべし)
【切なく遣り切れない点】
・生前の手塚巨匠から作品を否定された
・ポセイドン族の衝撃的な過去
・2018年現在出演声優の大半が故人
【悪い点】
・最後の最後でポセイドン族の方が被害者だった事が判明する衝撃的な最終展開
・トリトン族に虐待されたからと言って現代の人類に報復するとは逆恨みも甚だしい
・エンディングの実写映像と楽曲で作品とミスマッチ
【その後憤った点】
・西崎元PDが劇場再編集版を前編だけで投げ、後編は後年の映像ソフトまで待たされた
・ヤマト依存症になった西崎元PDがトリトンを利用しようとした
【総合評価】
富野巨匠の処女作にして問題作と言え、当初は典型的な子供向けヒーローアニメと思いきや、終盤の衝撃的な最終展開と結末は視聴者に衝撃を与えました。
その後富野巨匠は様々な問題提議作品を輩出し、その礎を築いたと言えます。しかし、生前の手塚巨匠を怒らせる程の内容改変は減点材料と言え、それを加減しても評価は【とても良い】にします。

2016/10/31 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:494(78%) 普通:88(14%) 悪い:53(8%)] / プロバイダ: 4405 ホスト:4425 ブラウザ: 5171
【良い点】
トリトン可愛い!水平線の彼方には、あーあー何があると言うのだろうー誰も見ないー未来の国を少年は、探し求めるー
だっけ、まだ、先も歌えます。歌いやすいいい歌でした。

【悪い点】
無し

【総合評価】

とても良い

2016/01/31 普通(+0 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:972(58%) 普通:375(22%) 悪い:325(19%)] / プロバイダ: 19103 ホスト:19125 ブラウザ: 5171
トリトン族の生き残りトリトンが仲間たちと協力して海を荒らすポセイドン族と戦う話です。

タイトルでわかる通り基本海が舞台で、ポセイドン族の他に海に住む生き物たちが敵として登場します。
魚など水に住む生き物が好きならこうゆうの見てるだけで楽しいかな。
クラゲ、ウツボ、アンコウなどメジャーなものからノコギリエイのようなちょっとマイナーものもいたり。
タツノオトシゴが敵なのは意外ですよね。しかもポセイドン族の仲間を集団で囲んで処刑するってことまでしてたしやけに怖い。

前半1クール位は、人間として暮らしてきたトリトンが実は自分が人間じゃないと知らせたり
人間や同じトリトン族のピピから蔑みを受けたりとトリトンが精神的に苦しめられてました。
2クール目くらいからはピピが誰?と思うくらいトリトンを心配してました。
ピピがトリトンをいじめる展開自体は物語的には仕方ないのかもだけど
どうも同じようなやりとりが長く続きすぎてた気はします。

終盤ではいままでの謎の部分の答えが分かりますが
それがどーもすっきりしないし、納得できるかも微妙な感じでこの部分が評価下げちゃってます。

あとはED曲の緊迫感のなさもどうにかしてほしかったかな・・・せめて終盤だけでも。
それなりに楽しめる部分はあるけど評価は「普通」になるかなぁ。

2013/07/30 良い(+1 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:380(36%) 普通:207(19%) 悪い:479(45%)] / プロバイダ: 16514 ホスト:16600 ブラウザ: 3559(携帯)
トリトンという名の少年が海のバケモノ共を退治していくお話だが結構面白かった。

2011/04/02 良い(+1 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴 / プロバイダ: 14206 ホスト:14230 ブラウザ: 6425
【良い点】
トリトンが最後まで生きていたこと。(原作では死んでいます)
トリトンを育ててくれたおじいさん。
海の情景が当時の絵としては綺麗。
ポセイドン族の中で唯一優しかった女の人、太陽にあこがれて生きてきただけなのに裏切り者呼ばわりで殺されたのは悲しかったです。
イルカのトリオ。

【悪い点】
ピピが意地が悪い。
結局あの展開には疑問があります、ポセイドンたちは罪のない人を吸血鬼に変えたり海の生き物たちをひどい目に合わせているのに「トリトン族が全て悪い」と言う内容には賛同できません。
イルカ島爆発。
ポセイドン族のやり口には正直怒りを覚える、これで自分たちが被害者だなんてよく言えたもんです!
クラゲがうるさい。

【総合評価】
どうやら、あの御大が手塚先生や製作に携わった人たちに内緒であのシナリオにしたみたいですが、正直原作者に失礼なんじゃないでしょうか?
勝手に話を変えられた手塚先生の心境が複雑そうなラストでしたね。
でもトリトンが生きていたのは嬉しかったです。

2009/09/17 普通(+0 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:135(28%) 普通:47(10%) 悪い:295(62%)] / プロバイダ: 26666 ホスト:26809 ブラウザ: 4891
原作は知りません。全話視聴したので書きます。
本作品は古い作品で昔見た覚えがあります。再放送も何度もされているしそれなりに知られた作品と言えるでしょう。しかしながら、わたしはOP(最終回)の海底火山が爆発するシーンとくらげが岩を叩きながら「トリトンが来た」と言うシーンしか覚えてません。丁度BSで再放送をしていて視聴できました。一応手塚作品なのですが、全然手塚っぽくない普通に富野作品と言えるでしょう。後の富野作品の原点はこの辺の作品にあると言え純粋にアニメを楽しむ他にも興味深い。さて、最初に評価を書きますが、放送当時の価値観などを踏まえた上で評価をすると良いで、今現在、何のしがらみも無い評価をすると悪いといったところでしょうか。
では、悪いと思う点。単調な展開。最初の2話と中間の1話、それと最終回の計4話を視聴すれば全てが理解できるような内容。お子様向けと割り切ってしまえば(実際お子様向けですし)それまでなのですが、毎回毎回、くらげがトリトンの状況を報告しポセイドンの配下がトリトンを襲いそれを撃退し、ゲストキャラは巻き込まれて死亡の繰り返しは痛い。次に単調な背景。海中が舞台と言うこともありますが、背景に変化が無く太平洋にいるのか大西洋にいるのか良く分からない。また、この変化の無さが前述の話の単調さとの相乗効果でさらに退屈なものとなる。続いて、今では合わない表現。これは古い作品なので仕方の無いことだが、音声が消されていると思われる場面(口だけが動いているシーン)がちょくちょく見られ違和感が強くいただけない。また、トリトンが人魚の女の子に暴力で自らの意見を通すシーンがなんとも痛々しくまた時代を強く感じる。ED。どうも実写を出されると萎える。
良いと思う点。旧世代の作品の持つ味。見かけこそ綺麗に仕上がっているが、コンピュータによる処理で製作された今の作品が決して出せない味があり良い。使いまわしは、至るところに見受けられるが、気付かれない様にという意思が感じられ、プロ意識というものが強く感じられる。とても無難に仕上げている作品でかなり保守的と言えるが、最近の深夜アニメはまったく出来ていないものが当たり前のように盛り込まれていて安心して視聴が出来る。高い完成度。上手く話がまとめ上げられていて評価できます。最終回は見応えがありトリトンがなぜ襲われるのかと言う謎も解けるし良いのではないでしょうか。ただ、ピピが放置されて終わってしまうのは気になるところだが、しっかり冒険は続くと言う方向にしてあるのでこの点に関して違和感は無い。OP。昔のアニソンは、よく作品の表現が出来ていて感心します。
評価は、上述したとおりですので真ん中を取り、普通とします。

2009/05/05 良い(+1 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:52(39%) 普通:74(56%) 悪い:6(5%)] / プロバイダ: 34731 ホスト:34713 ブラウザ: 6399
この年放送されたアニメの中で一番好きなアニメでしたが、
まだ子供でしたので皆さんが指摘しているような深いテーマには
気が付きませんでした。
でも、今見ても古さを感じさせないよさがあると思います。

評価は「良い」です。

2009/03/31 普通(+0 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:363(80%) 普通:53(12%) 悪い:35(8%)] / プロバイダ: 8244 ホスト:8252 ブラウザ: 6707
【良い点】
登場キャラに魅力がありました。ピピが特にお気に入りです。
戦いのシーンは初期はかなり迫力があり、頭脳戦もあったりして良かったと思います。
ペプタポーダの回が好きでした。彼女の死は本当に悲しかったです。
ラストの結末のやり方は無理矢理詰め込んだ感じはしますが、衝撃的で良かったです。まさか因果応報だとは・・・

【悪い点】
トリトンとポセイドン族の戦いが次第に一本調子になってしまった気がします。オリハルコンの武器が最強過ぎて、「オリハルコン!」と叫べば剣が輝きだして、あっさり敵を倒すシーンが多くなったのが単調に感じました。
最終回の終わり方が気に入らなかったです。新たな旅って言われても・・・

【総合評価】
トリトン族とポセイドン族の戦いを上手く描けてはいますが、いろいろと物足りなかったです。

[推薦数:1] 2009/03/08 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:1258(76%) 普通:274(17%) 悪い:116(7%)] / プロバイダ: 8085 ホスト:8277 ブラウザ: 7590
72年に放映された手塚治虫先生原作のSF冒険アクションアニメドラマ。老漁師`一平'に岬で拾われた緑の髪の赤子は“トリトン"と名づけられ育てられる。13才になったある日、トリトンは白いイルカ“ルカ"に出会う。ルカはトリトンが人ではなく、海棲人類`トリトン族'の生き残りであることと七つの海を支配する暴虐の`ポセイドン族'と戦う運命にあることを告げる。そのことに狼狽するトリトンだったが、一平がトリトンと一緒に拾ったトリトン族の衣装と宝物“オリハルコンの短剣"を発見し、真実だと知る。その時トリトンを発見したポセイドン族の尖兵が漁村を襲い、トリトンは村を救う為、海への旅立ちを決意する。トリトンの海を賭けた戦いが始まる。

本作品は手塚先生がサンケイ新聞で掲載した『青いトリトン』を基本としてアニメ化されたもので、海を舞台に熱い闘いと旅立ちを描いた愛と勇気の壮大な海洋冒険アクションストーリーとなっています。特に今だ神秘と謎が多い海の中での闘いというのが、他の作品にはない魅力で、更に主役の“トリトン"や敵の`ポセイドン一族'等、ギリシア神話をモデルとした人物設定とストーリー構成がまたより壮大さを引き出してます。

主人公の“トリトン"はそれまで平凡な漁師の子として育ってきた普通の好少年。その平和な暮らしから戦いの人生に身を投じたのは、トリトン族の宿命が彼に呼び答えたのか、はたまた正義感から来るものなのかはわかりません(おそらく両方でしょう)。それ故に若干13才ながら戦いの中にその身を委ねていきますが、純粋で真っ直ぐに突き進むトリトンの姿がとても印象的でした。またイルカの“ルカ"と同じトリトン族の人魚の少女“ピピ"もとても愛らしく、手塚先生らしさの出たキャラでした。敵の海の神殿をもつ`ポセイドン族'もスケール大きかった。トリトンの戦う相手は巨大な海のモンスターで、イカ・タコ・アンコウ・ゾウガメの巨大化した海洋怪物や海棲獣やクラーケンのようなものが出てきたり、またサメや魚の上半身をした兵士等、いかにも海が舞台だという雰囲気が存分に出ていました。その怪物たちに“オリハルコンの剣"をもって一人で敢然と立ち向かうトリトンの姿はすごい勇ましく、今見ても感動を覚えます。ギリシア神話を彷彿させるような戦いの展開が非常に良かったです。

本作品は海を舞台にギリシア神話の要素を加えた壮大なスケールで、設定・キャラともよく作られており、主人公を少年にしていることでとても純なストーリー展開になっているため、あらゆる面で最高の出来に仕上がった名作だと思いますので、評価は【最高!】です。原作はまだみていないので、いずれ読みたいと思います。それにしてもトリトン族・ポセイドン族、共に加害者・被害者という最終回の展開は衝撃でした。勧善懲悪の作品の多い中でよくあのようなラストにしたと思いましたけど、これも作品の深さを物語っているともいえましょう。

2008/09/18 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:431(69%) 普通:102(16%) 悪い:91(15%)] / プロバイダ: 29983 ホスト:29908 ブラウザ: 8090
海が大好きな者としては、設定からしてたまらないアニメです。
私が見たのは総集編でしたが、それでも雰囲気は十分味わえた。
母性溢れるルカーが好きだった。ピピもわがままだけどそこが愛らしくて好きだった。
トリトンや敵キャラも海の戦士らしくて良いし、謎に迫っていく過程にもワクワク感があった。
ただ、オリハルコンの剣を「間違いなく敵を倒せる最強な武器」にしてしまったのはちょっと…
もう少し戦闘にバリエーションが欲しかったなあ、頭を使うとか。
ポセイドンの声が聞き取り辛かったのも残念です。

[推薦数:1] 2006/11/29 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:141(83%) 普通:9(5%) 悪い:19(11%)] / プロバイダ: 46001 ホスト:46021 ブラウザ: 6305
大好きな作品です。当然、DVD-BOXも持ってます(笑)。当然、肯定的意見です(笑)。

小さい頃は何回でも繰り返し見たいと思っていたTV漫画(アニメーションなどというハイカラな
言い方はなかった)でした。当時はVTRなんてないので、それはもう超集中してみていたんだけど
現在はどうか?正直あまり繰り返し見たいとは思わない。じゃあ、嫌いになったのか?。
・・・そうではない。
やっぱり、子供の頃に見ていて良かったと思う作品なのです。大人になった今の自分にとっては
否定も肯定もできない「ただ大好きだった」という「懐かしい」そして「切ない気持ち」で
いっぱいになってしまう作品です。この気持ちは大切にしたいと思う。貴方が子供の頃に
見たアニメ作品で必ずこういう「永遠に記憶に残る作品(話数)」というものがあるはずです。
自分にとって「海のトリトン」はまさにそういう作品です。

【原作「青の(い)トリトン」とアニメ「海のトリトン」】
この「海のトリトン」の原作は手塚治虫氏の「青いトリトン」です。もとは新聞に掲載されて
いた作品なので当時の子供達にはあまりなじみのない原作でした。原作のストーリーや
人間関係はアニメでは殆ど(全く)でてきません。放映当時、単行本にまとめられていなかったと
記憶(曖昧です)しているので初見や再放送のファンの殆どはアニメを先に見ていたと思います。
原作の主人公は当初、陸の人間でトリトンはその人間に育てられた海洋種族のひとり。次第に
トリトンが主人公となり人間社会を通して自然と共に生きる意味や、トリトンの目を通して
人間とはどういう生き物かを露呈した作品ですが、その前に原作は作品自体の設定やコンセプトが
滅茶苦茶でストーリーも一貫性が無く、最後はなし崩しにトリトンが死んで子供の代になって
終わるという・・・アニメ放映後かなり後に読んでも良く分からない漫画でガッカリしました。

アニメを見た後に原作を読んだ立場としては、原作はアニメのような不思議に満ちた様々な
表情を見せる「未知なる世界=海」という存在が描かれていないのが面白くないところ。
人間社会に潜むポセイドン族とトリトン族、そして人間のドロドロとした関係を中心に描かれ
ドラマとしては原作のほうが面白いのかもしれませんが、ストーリーとしてはアニメの方が
子供向けに数段洗練されて、かつ魅力的になっています。恐らく他の手塚アニメ作品のように
手塚治虫氏のキャラクターデザインと動き・表現で原作どおりのストーリー展開で作られていたら、
多分、子供の頃の自分は全く興味を持たなかったと思います。原作は全く子供向けではないのです。

【アニメのアプローチ】
このアニメは手塚治虫氏の原作といいながら全くオリジナルに製作されたオリジナルアニメーション
といったほうがいいと思います。原作のテイストは全く無くキャラクターだけ(キャラクター
デザインも一新されている)を借用したと言ってもいいと思います。

アニメではドロドロした人間関係は描かれず、少年トリトンが自分の生い立ちを知るため海底に
沈んだ伝説の大陸アトランティスを目指すというもの。アトランティス大陸伝説だけではなく
様々な海の伝説を盛り込んだ海洋冒険ファンタジーアニメです。人間に育てられたトリトンは
「じっちゃん」から教えてもらった人間の知恵と勇気で壮大な自然「海」に立ち向かう。
そう、まずトリトンが立ち向かうのは大自然「海」そのものでした。ポセイドン族より手ごわいぞ。

そして物語のキーになるのは「オリハルコンの短剣」。毎回、少しづつ「オリハルコンの短剣」の
特徴や秘密の一端が提示され子供心にも次回への興味・モチベーションを高く持たせてくれました。
ギリシア神話のタロスや白鯨なども出て、いってみれば節操のない世界観ともいえますが、それが
「海のトリトン」の世界の中でうまくアレンジされていて、見ていた子供は色々な世界を知る
手がかりにもなっていったと思います。原作のしがらみがなく、また脚本の方々が色々な
アプローチで自由に創作活動ができたからのことだと思います。

【作品コンセプトとアニメーションの手法】
キャラクターデザインはトリトン側は線を少なくシンプルに柔らかいコミカルなタッチに設定され、
相手ポセイドン側はリアルな劇画調に設定されています。ひとめで敵味方が分かるように意図的に
デザインされています。いままでの手塚アニメとは全く異なるアプローチでした。
それまでの手塚アニメはディズニーをお手本にして滑らかでオーバーな動作・アクション、
舞台的演出でしたが、この「海のトリトン」は動画枚数も少なく「止め絵」による演出が
主体となっています。アニメーション業界は手塚治虫氏が最初に設定した原画の単価の安さが
後々の製作サイドとクリエイターの足かせとなっていました。これは良く知られている手塚氏
の功罪の一つなのですが、この時期、動画枚数を使いたくても使える予算も人員も日程も
大変であったそうです。その中から今日でも良く知られる「日本的なアニメの手法」が新たに
模索され開発されていきました。そういう日本アニメの進化の過渡期にあった作品でもあります。
この「海のトリトン」では「止め絵」が非常に印象的で音楽も相まって成功していると思います。
作画監督・キャラクターデザインの羽根章悦さんの描くカットは素晴らしいです。子供心にも
こういった絵柄や表現は「真似したい」と思いました。

【海のトリトンの衝撃】
海のトリトンに登場するポセイドンの僕(しもべ)の怪人たち、そのデザインは当時人気の
仮面ライダーなどに登場する怪人を意識してデザインされていたらしいです。この作品で衝撃的
だったのは、その怪人がもともと人間であったことが明かされるところです。子供心には「怪人」
は悪いやつ、正義の刃に倒されて当たり前・・・そんな勧善懲悪的な感覚をどの子供も普通に持って
いた時代にその「怪人」がもともとは自分と同じ人間であり家族や愛する人がいて普通に生きて
いた人たちだと気づかされてしまったのです、トリトンと共に。

さらに、最終回で語られるトリトン族の持つ「オリハルコンの短剣」とポセイドン族の
「ポセイドン像」の秘密が衝撃的でした。
トリトンはただ自分の親や一族の秘密を知るため、そして「海の平和のために戦っておくれ」と
いう両親のホラ貝の遺言を頼りにポセイドン一族を倒すため大西洋に沈んだアトランティス大陸を
目指します。(倒した後のことは考えてないんですよね。視聴者もそうだけど。)
対してポセイドン一族は元々はアトランティスの神殿の「ポセイドン像」への生け贄の人々
で像のオリハルコンの力で生き長らえてきました。ポセイドン族がトリトンを阻止するのは
「オリハルコンの短剣」が「ポセイドン像」を破壊するからです。「オリハルコンの短剣」の力、
エネルギーの開放はトリトン族にしか使えません、現在で言うところの「生体認証」ですね。
しかし、トリトン族は「武器」を持たない(知らない)一族でした。そのトリトン族が
「海の平和を守る」一族というのは物凄い発想です。アトランティスの国家組織が知りたいです。
今までは「オリハルコンの短剣」を持っていても「武器」として使うことが無かったのですが、
しかし、ポセイドン族はいずれ近い将来、トリトン族が「武器」としてポセイドン像を破壊する
のではないかと怖れトリトン族を抹殺しようとします。(そして人間に育てられたトリトンは
「オリハルコンの短剣」を見て直にそれを武器として認識していました。)
ポセイドン族の過敏で過剰防衛思想による歪みが世界の海に混乱と混沌を招いてしまいました。
しかし、それが一概に「悪」と言えるのか、トリトンが正義であったのか?。
ポセイドン像が破壊された後に像の下にある海底都市で眠るように死に絶えたポセイドン一族の
人々の姿、その真実を知らされた少年トリトンの気持ちは辛く、切なく心に激しい痛み感じさせ、
それが自分の責任であることを認めなければいけない厳しさ。トリトンの両親がトリトンに伝えた
「海の平和」という抽象的な言葉の意味の脆さ儚さ、相反する意志、存在しない絶対的正義と悪。
最終話のポセイドン族の台詞に在るように、皆、ただ「平和に暮らしたかっただけなのだ」。

小さい頃、この最終回を見てなんとも言えない衝撃と気持ちで胸が張り裂けそうでした。

しかし、これで終わりではない、様々な想いを背負い、トリトンは再び旅立ちます。
ラストシーンで朝焼けの中、主題歌「GO! GO!トリトン」が流れ、激しい波の音がかぶるのが
とても力強く印象的でした。

【海のトリトンの音楽】
この作品で子供心に強烈なインパクトがあったのは「コルゲンさん」こと鈴木宏昌さんの
劇伴(BGM)です。ジャズ畑でありながらロック、クラッシックのテイストをふんだんに盛り込んだ
劇伴は何年も後のフュージョン(融合)をすでにこの時に具現化していたかのようです。
後に学生の頃ジャズにはまった時に再び「GALAXY/鈴木宏昌」に触れることになるのですが、
子供の頃にこの作品で聞いた記憶が大切な原体験だったのだな〜と思います。
ひとつのテーマのアレンジで構成される劇伴が多い中、この作品の音楽のバリエーションの多さは
今聞いても贅沢この上ないと思います。そう、子供に聞かせる音楽こそ贅沢で在らねばならない。
当時、ファンのみに販売されたホワイトジャケットのオリジナルアレンジアルバムは今聞いても
素晴らしいものです。是非ともCD化して欲しい(無理かな〜)。

【まとめ】
ということで、懐かしさ切なさの気持ちを呼び覚ましてくれるこの作品は自分にとっては
特別中の特別な作品。しかし、作品としてのクォリティ、完成度、バランスなどはさすがに
古い作品でもあり残念ながら「最高」とはいいがたい。自分では「超最高」にしたいところだが、
残念ながら、大好きということと作品の質は直接は結びつかない。
ということで、客観的な作品評価としては「とても良い」くらいだと思います。(かなり甘い?。)
だって、今見ても充分に見ごたえのある作品ですから。

2006/11/27 普通(+0 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:791(41%) 普通:459(24%) 悪い:666(35%)] / プロバイダ: 23441 ホスト:23459 ブラウザ: 5234
漫画を先に読んだか、でかなり評価が割れるのでは。自分は漫画は大好きだけど、
アニメ版はイマイチ。OPは素晴らしいが、ストーリーが単調すぎる。
海に戻ってからが、ひたすらポセイドン一族との対決一辺倒で、正直中だるみ。
当時のテレビアニメらしいと言えばそうだが、正直完成度は高くない。
漫画版が迷走しつつも、読者を飽きさせない展開なのに比べると、一層見劣りがする。
主人公と対象年齢を下げたから仕方ない、かもしれないが・・・
アニメ版ラストの富野調も悪くないが、そこしか評価する点が無い。
原作漫画が好きなだけに、「普通」で。さらにくどいけど、OPだけは最高。

[推薦数:1] 2006/11/26 普通(+0 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:147(77%) 普通:35(18%) 悪い:9(5%)] / プロバイダ: 5898 ホスト:6011 ブラウザ: 7395
本作は本放送の時よりも、宇宙戦艦ヤマトの再放送を皮切りとした第1次アニメブーム時に西崎プロデューサーの作品と云う事で注目を浴びて再評価され、再放送と度重なる宣伝の威力によって「壮大なスケールの海洋冒険物」と云う地位を獲得した作品です。
私自身もこのブームの時に、本作を初めて見ました。
原作を既に読んだ状態で本作を見た為、設定の違いに少々戸惑ったのは事実です。トリトンやピピが極端に幼く描かれていた事、フィンの性格が全く違っていた事、そして大亀のガモノスの名前がメドンに変わっていた事が、結構ショックだったりしました。ですが手塚作品のキャラクターは、アニメーションになるとどうしてもベタ塗りになる為、原作の持つ独特のイメージが損なわれ、不思議としつこい顔つきになる事が多いので、個人的にはそれがとても嫌だったのですけれど、本作は原作の絵と少し違った感じに設定されていながらも上手にアレンジされていたせいか、そうは感じませんでした。おそらく「眼」の描き方が、他の作品とはちょっと違っていたからそう感じたのかも知れません。
又、原作よりもずっと明るい緑の髪(この髪故に、アニメ版のトリトンは人間社会でいじめられていたのですけれど)は、海を背景にしても良く映えてなかなか好印象でした。
ですが、実際には打ち切りだったの?と思わせる様な中途半端なラストでしたし、劇場版とかも作られましたが普通によくあるただの総集編の様な物でしたから、当時の私の本作の印象は「無敵のオリハルコンが短剣とは言えいくらなんでも短過ぎる」とか「ピピがわからず屋」とかと云った極めていい加減なもので、特に良いとも悪いとも思わずに、数多くあるアニメ作品のうちの1つとして見ていました。

ですので、近年ケーブルTVで視聴する機会を得た時は、現在の自分がこの作品をどう見るかと云う事が結構楽しみだったりしました。
しかし・・・大人になってから見た本作は、子供の時に見た印象とはかなり違っており、「極めて精神的に痛い作品」だった事にとても驚きました。
もし原作の設定がある程度生きているのであれば、トリトン族は少しずつ成長するのではなく、何年か毎に1度に5歳とか10歳とか大きくなりますから見た目と違う年齢であるかも知れません。それならば、確か白イルカのルカーが村へトリトンを迎えに来たのは13歳になったある日でしたから、見かけよりもしかして精神的な年齢はもう少し上なのかも知れませんけれど・・・
しかし、原作はトリトン族とポセイドン族の戦いに人間が絡み、その間で苦悩するトリトンの姿も描かれていましたが、本作の場合は人間社会に別れを告げてからは、トリトン1人対ポセイドン族との戦いのみが描かれていました。皆大人であるにも係らず、口を開けば「トリトンを殺せ」ですので、「壮大なスケールの海洋冒険物」と云うよりも、どうにも、頼る者もない(メドンが物語の序盤で早々に命を落としていますし)声変わりもしていない1人の子供を殺す事に躍起になっている大人集団のお話にしか感じられず、「あれ〜?こんな話だったっけ・・・」と云う思いが絶えず頭の中をグルグルしていました。
敵であるポセイドン族側のキャラクターがいかにも「悪」と云うキャラクター一辺倒だったのも、そう感じさせる要因だったと思います。

本作は、トリトン=善、ポセイドン族=悪の図式がはっきりとしていました。視聴ターゲット層がやや低めに設定されていましたし、1話毎に、登場する敵と対戦し、仕上げは短いながらも無敵の威力の「オーリーハールーコーン!!!」の登場でしたから、この方が物語としては解り易かったとは思います。
ですが、ロボットアニメの様な侵略の為の戦いと云うのではなく、単なる種族間の戦いであり、トリトンの戦いの目的は親の仇を取る為ではあるのですけれど、さて・・・ポセイドン族は何故トリトン族を滅ぼそうとしているのかと言われたら、少々目的が希薄な感じがしました。
トリトン達を愛らしい外見に設定した事は、子供達や予想外の女性層に支持を受ける事に成功したかも知れませんが、物語の本質的な側面から考えた場合、反ってスケールダウンを余儀なくされた様にも思えます。それによって、本来もう少し長い期間で企画されていたであろう物語が、視聴率の確保が難しいが為に、最後まで描き切れず、「そして・・・少年は又、旅立つ」のナレーションで尻切れトンボ的な終わり方をしたのであるとするならば、何とも残念な事だと思います。

手塚治虫作品の場合、原作の設定に、ある程度忠実に製作される作品が多いですが、本作は全く別の作品であると切り離して考えた様が良い様に思います。
ですが、原作の方も途中から物語の設定がガラッと変わっており、作者の苦悩振りが感じられます。
もしかしたら、このジャンルの作品は、頭の中で想定しているスケールを表現するのが難しいのかも知れません。
最後まで描かれていたとしたら、果たしてどんな結末を迎えていたのかな?とも思いますが、あの時代の制作であったからこそ持ち味の出せた作品だと思いますので、リメイクは望みません。良くも悪くもこの作品がアニメーションの「海のトリトン」であると思いますので・・・
名ばかりのリメイクで「トリトン」と云うブランドに触れるのではなく、原作者も製作者(特にプロデューサー)も、もうこの作品に係る事はないのですから、全く別の物を制作して戴く利点はないと思いますし、後世の方々にもこの作品を見て戴きたいと思います。

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2020/01/20 普通の印象 by (表示スキップ) 投票履歴 / プロバイダ: 6493 ホスト:6283 ブラウザ: 11387 [編集・削除/これだけ表示]
感じた事 
ストーリー良い(+1 pnt)
キャラ・設定普通(+0 pnt)
映像普通(+0 pnt)
声優・俳優普通(+0 pnt)
音楽普通(+0 pnt)

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