[アニメ]正解するカド KADO:The Right Answer: 2017/07/05 アマンドの木


せいかいするかど ざらいとあんさー / KADO:The Right Answer
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2017/07/05 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:690(72%) 普通:237(25%) 悪い:25(3%)] / プロバイダ: 11608 ホスト:11541 ブラウザ: 4894
ジャイアントスイングで投げられるのみならず、落下前に腕を掴まれて一本背負いを食らわされる・・・そんなラスト。実際この作品の最終回を見た人は、誰もが異方存在・ヤハクィザシュニナと同じ衝撃を受けただろう。その処理しきれない膨大な情報に、驚き呆れ怒り惑っただろう。
おそらくそれが、この作品の狙いなのだ。
この作品において、宇宙は異方と呼ばれる世界よりも次元の低い場所であるとされている。宇宙が二次元で、異方が三次元だと考えればいい(異方は40以上の次元を持つらしいが)。つまり、この作品における宇宙とは「アニメ」であり、異方存在とはすなわち「視聴者」なのだ。さしずめ人類は「キャラクター」だろう。

異方の情報を処理しつくしてしまった異方存在は、さらなる情報を求めて宇宙を生み出した。長い時間と試行錯誤を繰り返し、ついに情報を無尽蔵に生み出す人類が生まれた。そして異方存在・ヤハクィザシュニナは、その情報を無尽蔵に生み出す人類を異方へと連れて行くために、この宇宙へと来訪した。
だが異方存在が異方存在のために生み出したはずの宇宙で生まれた人間が、独自の存在であると主張しだすのだ。例え、異方存在によって生み出された存在であっても、人類は異方存在の手段としてあるのではなく、それ自体が目的を持つものなのだと。
低次元であるはずの人類にいつしか魅了されていたヤハクィザシュニナは、その人類の主張と、それを証明するためにとった人類の行動に翻弄され、異方へと追い出されていく。

これを、宇宙を「アニメ」に、異方存在を「視聴者」に、人類を「キャラクター」に置き換えると、なかなかに面白い事になるのではないだろうか。(この場合、情報は「萌え」と置き換えるべきだろうか? 異方存在が宇宙を作った目的としての情報と、ヤハクィザシュニナが求める情報には差異があるように思う)

そう、この作品は「視聴者」のために心地良い情報を提供する作品ではない。
それ自体に目的がある「アニメ」として、「視聴者」に驚きを与える作品なのだ。

この作品の最終回、ヤハクィザシュニナにとってはとんでもない結末だと言えるだろう。しかし異方存在のそもそもの目的からしてみれば、この作品の最終回が与えた圧倒的な驚きは、間違いなく目的にかなうもののはずだ。
おそらく、見た人がヤハクィザシュニナの立場に立つか、異方存在のそもそもの目的を重視するかで、評価は二分されるだろう。それもまた、この作品がもたらした情報量なのかもしれない。

ただ、この結末は最終三話程度で十分な話であり、それまでの話は前振りとしても機能しない。その辺りの齟齬というか、構成の下手さはどうにかならなかったのだろうか。(2クールが1クールに縮んだという話が影響している?)

また、SF作家が携わっているという事で、いかにもという感じの丁寧で面倒くさいやり取りがある。そのため素直に小説じゃ駄目だったのかなとも思ったが、CGを駆使した異方のビジュアルというのは、絵で見てこそだと思う。

自分は、この作品の「完全にしてやられた感」が大好きなので高評価を下す。
ただ、ダメな人はとことんダメだろだろうなとも思う。
[共感]
2019/09/10 宇宙を「アニメ」に、異方存在を「視聴者」に、人類を「キャラクター」に置き換える等の視点は成程と思いました。制作と視聴者の求める情報にも差異があった気がしますが、稀有な作品だったと思います。 by てとてと



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