[アニメ]HUGっと!プリキュア: 2019/01/27 mosukuwa


はぐっとぷりきゅあ / Hugutto! Precure
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[推薦数:4] 2019/01/27 とても悪い(-2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/]
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プリキュアシリーズ15作目は、「応援」を題材にしつつ、子育てや仕事、ジェンダーレス等々を描き、例年のプリキュアにはなかった試みをいくつか見せていた一年でした。
序盤はそのあたりを上手く捌きつつ、個性豊かなキャラクターたちの愉快なギャグ要素や、「いじめを受けた過去」を持つ主役のはなのほかそれぞれ悩みを抱える少女たちのハードなドラマを並行して、例年より面白いと思いながら毎週視聴していましたね。
しかしながら、あまりにも詰めこみすぎた結果や、エンタメ性や筋の通ったシナリオの比重が弱くなって「主張」ばかりに傾いていく作風、過去や心情を断片的に仄めかすばかりで何の魅力も与えられなかった敵キャラたちなど、徐々に作品はただの「既存と違う私の主張」の発表会、キャラクターはその為の狂言回しと化していき、稀にみる株大下降プリキュアになってしまったというのが後半の評価でした。
本サイトでもある時点まで好意的な声も聞いていた評価が徐々に酷評一辺倒になっていったのも、この内容ではやむを得ないと思います。

まあ、後半の最大の問題点は「ジェンダーレス」や「出産・育児」という課題の捌き方にあったでしょうね。
一応注釈しておくと、個人的には、LGBTや帝王切開などについて好意的に受け止めているつもりですし、当然ながらその自由を尊重する作風そのものについては今後も増えるべきだとは考えています。
現時点でも日本では、「悪ではないはず」「当人にとって生きやすいはず」の事が糾弾されたり低く見られたり、その自由を阻まれているように感じる事は多く、意識としての課題ではあるんですね。
しかし、本作ではそのあたりの描写に関して、毎度の如く「批判者」を登場させてからそれに声高らかにプリキュアに反論させる……という構造が多発する事で、逆に物語上で誰かの自由を尊重している感覚が薄いんですね。
批判者には批判者なりのロジックがどこかにあるのではないかと思うのですけれど、そこを一方的な悪役・狂言回し的に配置して、そこにプリキュアが物申して製作側の主張を通す話になってしまっている。
また、そこもあまりにも「これまでのシリーズではこうだけどこういうのもアリなんじゃないの?」とか「周りではこれが批判されてるけどそうじゃない!やっていい!」とか、「何かの『否定』による新しい価値観の提示」に凝りすぎていて、どこか天邪鬼的に既存を否定する主張を重ねているように見えてしまいます。シンプルな問いかけは一切やらないで、とにかくその場で思い付いた「否定」で回しています。
その否定の対象も毎回別の問題を取り上げるせいでどうにもまとまりがないし、主役たちの中にそれらの問題に対して積極的な人間や当事者にあたる人間がいないせいで、主役たちが添え物になっている節もあります。

結果的に、先に多くの方が批判しているように、キャラクターはただその都度の主張の代弁者になり、言動がその時々によっていい加減に変わってしまい、序盤で見ていたはなたちの人物像がどんどんあやふやになっていったんですよね。キャラの中の筋みたいなのがなくて、「物申す人」になってる(元々シリーズの課題の一つですけどある程度改善しつつあったのに……)。
というか、そもそも子供番組は別に「私個人の考え」をただただお話する為の道具ではありませんし……そこをもう少しエンタメや中立性などのオブラートに包みながら作らないと、「キャラクター」に入り込む以上に、それを操る「スタッフ」の視点がどうしても見えてしまうので、そこのバランスは取るべきでしょう。
完全にキャラの性格ではなく、スタッフの主張や、下手すると怨念を吐き出す役割をプリキュアに担わせているように感じていきました。

それから、「男性のプリキュア化」や「全人類プリキュア化」のように過去作品で意識的にやって来なかった、まだそれをやるには早いと見られて温存されてきたようなところに踏み込みつつも、その過程をあまり上手に描けていなかったというのも一つ。
前作で「プリキュアになる目標を挫かれたドラマ」のあるピカリオこそが、本来この「最初の男性プリキュア」という役割を担うべきだったのでしょうけれど、彼が最終回までついに変身する事がなかったんですよね。
その直後なだけに、やはり「プリキュアになる必然性のまるで感じられないサブキャラ」で安く記録だけ作られたような感覚は否めませんでした。
ぶっちゃけると、「足を怪我して夢を断たれた」というドラマが、果たして「プリキュアになる事」とどう関係するのか、はっきり言ってあの話を見ても今一つわからず、ただ足の怪我と向き合いながら前に進む話で終わったって支障のないところに無理矢理爆弾をぶちこんでるんですよね。
その果てに、全員がただプリキュアになる終盤戦は、これまた「自由」を一切感じないクライマックスでした。
そもそも本当に全員がプリキュアにならなければならないのか?、本当にそれが作中での彼ら全員の望みなのか?と、あらゆる自由を肯定する作品の中で至る結末がコレなのか……なんて思ってしまいましたね。
プリキュアになる以外の形でプリキュアを支える事もそれはそれで認められるべき事なんじゃないの?と。なりたい物はみんな違うんだから。
その形を「プリキュア」として扱うのはどこか釈然としません。

で、敵のボスであるジョージも、はなの未来の夫である可能性が示唆されている人物で、「絶望的な未来の前に時間を止める」「はなを大事に想ってやっている部分がある」という目的を持ってましたけれど、そんなキャラクターにしては女性幹部二名を恋人として取っ替えてるような描写が見られたり(性描写の暗喩まであって普通に引きましたわ……)、そもそも自分の娘にあたるキュアトゥモローを幼児化させたり拐おうとしたりという、目的と相反する描写が要所要所にありすぎてラストバトルも感情移入できず。
彼の精神や主張との戦いがクライマックスな筈なのに、全てが抽象的かつ、水を差す描写が多すぎて盛り上がりが決定的に欠けているように感じました。
はなの事を一途に好きなクラスメイトがいる中で、よりによって「年が一回り離れた女性に言い寄り、ポエムを呟きながら取っ替え引っ替え」のコイツが未来の夫っていうのも単純に後味悪いですよね……。ほまれの失恋とかありましたけれど、あっちのクラスメイトのはなへの恋はフェードアウト……。
幹部キャラたちも個性的だったのは初期だけで、仲間になって以後はカドと一緒に個性まで取れたり(仲間になって以後はただたまに出てきてプリキュアとの仲良しアピールをするだけ……)、なんか個性の薄いキャラばっかりが敵に残ったりと、色んな配分も悪かったです。

で、なんやかんやの最終回自体、「未来に帰った面々と再会したら、別の未来に分岐してたせいで実質別人」っていうのが普通に後味悪すぎるし、えみるとルールーのくだりといい、なんやかんやで友情を掘り下げるエピソードが激減したはな・さあや・ほまれの三名で纏められていく事といい、一見感動的なのに全然良い話でもなんでもなかったのがなんとも言えないっていうか……。
ルールーたちが同じ時間を生きた記憶を取り戻すとか、逆に帰還した未来人たちの視点ではなたちが目の前にいる姿を描くとか、せめてそういうのをエンディングにしないとこの一年一体何だったんだよって思っちゃいます。
自分達の事を覚えていない未来の仲間たちと一緒に生きていく日々を何の疑問もなく受け入れているようなんですが、その場合に未来の仲間たちは歴史修正で消えたのか、それともまたそれぞれ別の未来なのか、これからまたなにかが発生して描かれてきた通りの未来になるのか……というのが曖昧すぎて、ハッピーエンドと素直に喜べないですからねこれ。

色々と言いたい事はありましたが、結局、「既存のおかしな価値観のカウンター」として、「もっと開けていいじゃないか、もっと自由になりたい自分になっていいじゃないか」というメッセージを見せたのでしょうけれど、どうにも、新しい価値観への希望以上に、今の社会の風潮への怨念のような物が極端すぎて却ってまた別の不自由を感じさせた作品でした。
えみる関連の初期のギャグ回の面白さや、明るかったはなの持つ暗い過去、個性的な敵幹部などさまざまな要素こそ「例年の問題点が解消されていくかも?」と期待するに充分だったのですけれど、後半どんどんそれが消えていって歴代でもワーストクラスの出来の話が散見されたというのが最終的な評価です。

挙げ句、プリキュアにしては後味が悪すぎるうえに色々と疑問しか残らないラストで驚愕させられ、じゃあ続編が見たいかと言うとあんまり……な感じ。
序盤はとても面白かった分があるので、複雑な気持ちですが、後半以降は最悪の出来かもしれません。
評価は「とても悪い」です。


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