[アニメ]GODZILLA 星を喰う者


ごじらほしをくうもの / GODZILLA: The Planet Eater
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作品紹介(あらすじ)

扉が開かれ、黄金の刻印が星を切り裂く。
21世紀初頭、ゴジラに地球を奪われた人類は、一部の人類を他恒星系への移住に送り出すも、計画は失敗に終わる。失意のまま地球へと帰還した人類を待ち受けたのは、二万年後の変わり果てた姿になった地球だった。
あらゆる動植物がゴジラ細胞を持つ<怪獣惑星>と化した地球。そこに君臨するのは体高300mを超える史上最大のゴジラ<ゴジラ・アース>だった。
ゴジラ討伐に執念を燃やす主人公ハルオは、人類の遠い子孫である種族フツアと出会う。ハルオたちは、フツアの双子の姉妹マイナとミアナの導きにより対G決戦兵器・メカゴジラの残骸が、増殖を続けていることを発見。残骸を構成するナノメタルを使って武装要塞都市<メカゴジラシティ>を起動させ、<ゴジラ・アース>に挑む。
配給:東宝 東宝映像事業部
スタッフ
監督:静野孔文 瀬下寛之
ストーリー原案・脚本:虚淵玄
日本 公開開始日:2018/11/09(金) 映画
公式サイト
1. アニメーション映画『GODZILLA 怪獣惑星』OFFICIAL SITE
プロモーションビデオ (2個)
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最終変更日:2018/10/11 / 最終変更者:エリクサー / 提案者:634 (更新履歴)
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[推薦数:2] 2018/12/13 最悪(-3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:108(40%) 普通:39(14%) 悪い:124(46%)] / プロバイダ: 1771 ホスト:1578 ブラウザ: 9177
アニメ版ゴジラの完結編。一作目『怪獣惑星』、二作目『決戦機動増殖都市』と映画館に足を運ぶたびに失望を味わってきましたが、本作品は完結編であること、キングギドラやモスラも登場することから、今度こそ面白い映画になると思っていました。しかし、期待は裏切られました。本作品はあらゆる面で欠陥だらけであり、お世辞にも誉められた出来ではありません。以下その理由を述べていきます。

まずは怪獣に関して。この作品も怪獣映画である以上、怪獣がいかに描かれているかは最重要事項です。ところが、本作品はその点がまったくなっていません。

この映画では満を持してようやくキングギドラが登場します(劇中では「ギドラ」としか呼ばれないが)。驚くべきことに出てきたのはほぼ徹頭徹尾「金色のマンダ」又は「『ウルトラセブン』のナース」のようなものだけでした。三体が一つに合体してよく知られたキングギドラに近い姿になるということもなく、その肩透かし感は極めて大きかった(前作のメカゴジラほどではないが)。何でも設定上は全身が現れたらあっという間に惑星が滅んでしまうそうですが、作中で触れられたわけではないし、そもそも実体化後の弱体ぶりがひどすぎて上記設定は説得力を失っています。東宝怪獣映画史上、最大最強、もっとも美しい宇宙怪獣であったキングギドラをこんな情けない姿にしてしまった罪は重い。

次にゴジラとギドラの対決描写の問題。これが真にひどく、このような精彩を欠いた怪獣決戦は見たことがありません。ほとんどギドラがゴジラに噛みついたり、巻きついたりするだけでつまらないことこの上もない(なお、ゴジラはギドラに触れられない)。正直、予告編で描かれたものだけでほぼ全てでした。仮にマーティン・ラッザリとその助手(ジョシュ・エマーソン)による解説がなかったならば、全く間が持ちません。しかも、ギドラがこっちの世界に引きずり出されたら今度はゴジラの圧勝。徹頭徹尾「すごい」と思えるシーンが皆無でした。ほとんどの人が望んでいたのは、放射火炎と引力光線が乱れ飛ぶゴジラとキングギドラの天地揺るがす大激闘、アニメならではダイナミックな怪獣決戦だったはずです。この映画のスタッフは意図的に観客の期待を裏切ることを狙っているようにすら思えてきます。

なるほど、スタッフが「怪獣プロレスはしない」と明言していたのは事実です。だが、怪獣同士の対決を描く以上、それを「プロレス」と評するか否かはともかく、そこに力を注がずにおくことは許されない。上映された映像を見る限り、上記方針は出来の悪さを言い繕う不誠実な言い訳にしか聞こえません。

本作品でようやくフツアの神であるモスラが「登場」します。「」をつけたのは本当の意味で登場したとは言い難いからです。モスラは現実には登場せず、最後のまで卵のままでした(なぜ2万年も卵が孵化しなかったのか説明は全くない)。モスラのやったことは卵の状態のまま、マイナとマーティンの声をハルオ・サカキの精神世界に届け、彼を覚醒させるきっかけを与えたことだけです。結果的にこれが逆転につながったので物語上の役割としては小さくはありませんでしたが、いくらなんでも精神世界におけるシルエットと鳴き声だけというのでは寂しすぎます(しかも「蝶々」と間違われた)。これではほとんど顔見せ出演に等しいです。

確かにこれまでのストーリー展開や本作品の時間的制約を考えるとモスラを本格的に登場させることは難しかったでしょう。だが、そうだとしても、もう少し劇中での存在感を上げる方法はいくらでもあったはずです。例えば、モスラがその超能力でもって脳死状態のユウコ・タニを蘇生させるとか、アラトラム号の爆発から乗員の一部なりとも助け出すとか、ミアナやマイナがモスラから託された神秘の力で活躍するシーン等があれば、たとえモスラ本体が登場しなくても観客に強いイメージを与えられたことでしょう。

小括。本作品は怪獣映画でありながら怪獣を魅力的に描くという基本事項を放棄しています。スタッフは本作品を「観念的な作品」と述べているようですが、仮にその方針を許容するにしても、ここまで怪獣描写をおざなりにすることが正当化されるわけではありません。もしも「観念的内容にする」「怪獣プロレスはやらない」という方針が必然的に本作品のような怪獣描写を招くのというのなら、方針そのものが根本的に間違っていたということになります。

この作品は既に述べた問題点だけで怪獣映画としてはほぼ致命傷を受けています。ここから挽回するためには本編部分がよっぽど傑出したものでなければならなかったはずですが、本作品のドラマパートは怪獣描写に輪をかけてひどい。構成、設定、ストーリー展開、キャラ描写、結末、ほぼ全面的に問題があります。

まず、映像表現ではなくキャラクターの台詞に頼りすぎです。既に述べたマーティンとその助手によるゴジラ対ギドラの「実況解説」はもちろん(マーティンの解説はその他のシーンでも多い)、ハルオを洗脳しようとするメトフィエスの説教、そしてハルオとの問答、アラトラム号オペレーターの連発する科学用語等々。ほとんどの人がついていけないような膨大な台詞の羅列は明らかに全体のバランスを失するレベルでした。確かに台詞は重要ですが、本作品は映像作品である以上、まずは映像で魅せるべきでしょう。これではまるで質の悪いラジオドラマです。

また、圧倒的多数の観客を置き去りにする科学用語や哲学用語の渦が、果たして物語上その量に見合う意義があったのかは疑問と言わざるを得ません。長台詞の連発で消費した時間のために、きちんと力を注ぎ込むべき部分がおざなりになった感があるからです。

次に物語の中核となるエクシフの思想。エクシフは科学を極めた結果、「滅びは不可避」という結論に達し、転じて「滅びこそ救い」という極端な結論に達しました。そして、その「救い」を全宇宙の知的生命体に広めようとして長期にわたって暗躍してきたことが示されます。しかし、まずもってエクシフ全員がこのような思想に染まっており異論を唱える者がいないという設定は、あまりにも狂っており、かえってリアリティを感じさせないものになっています(元ネタのX星人にだって波川みたいなキャラクターがいたのに)。それから、地球にギドラを呼び出し全てを滅ぼしてしまおうとする陰謀が過去二作でほとんど示されなかったために(何かしら企んでいることとしかわからなかった)、エクシフが古代から地球にやってきて下準備をしていたということも含めて、観客に少なからぬ唐突感を与えるものでした(一、二作目でもっと丁寧に示しておくべきだったろう)。

ストーリーに関しては限られた時間しかないのに無駄な部分が目立ち、また、それまでの物語からは想定できないような展開があり、非常に困惑させられました。正直、アラトラム号におけるハルオ処刑を要求するためのビルサルドの反乱など、緊迫感を煽るために入れたのでしょうが、無用に冗漫な印象を与えるだけでした。それから、ハルオが「ミアナがメトフィエスに殺されてスープにされてしまう」夢を見る部分など、単に悪趣味なだけで必要性を感じません。後者に関しては「エグい表現を入れればマニアックな観客が喜ぶだろう」というくらいの低劣な発想で作られたように見えます。

だが、本作品でもっとも唖然とさせられた部分は、難を逃れるため一時的に逃亡したハルオとミアナ、マイナとの関係です。彼女たちはハルオに対して突然「命を繋ぐ」ため肉体関係を求め、ハルオは、ミアナは拒絶したものの、結局マイナと一線を越えてしまいます。しかし、このようなシーンの必要性に対する疑問だけでなく(スタッフは一応理由を述べているが、これは賛同できない。後述)、キャラ同士の人間関係描写から見ても唐突すぎる展開だったと言わねばなりません。これまでの物語でハルオとマイナとの間に一線を越えることを許容できるほど親密な関係が描かれていたでしょうか。彼が仲良く付き合っていたのはミアナの方であり、マイナではありません(「双子トリック」でハルオを最初に助けたのはマイナであることは茫洋と示されるが、これだけでは足りない)。にもかかわらず、最後の最後に大逆転では理解に苦しむばかりです。もし二人を結び付けようとするのなら、それを正当化するだけの物語を提示しておくべきでした。

本作品の最重要キャラであったメトフィエス。作中で実は族長であるエンダルフよりもさらに高位の存在であることが示されていましたが、メトフィエスに関しては深刻な問題があります。彼はハルオに妙に執着していましたが、その理由ははっきりしません。エンダルフとの会話で示されていたようにエクシフの計画にハルオは必要不可欠とまでは言えない存在でした。それなのにハルオにこだわり続け、結果として計画をご破算にされてしまったのですから、執着の理由を明示すべきだったと考えます。なお、メトフィエス役の櫻井孝弘さんによればその理由は「愛」だそうです。確かに愛情と考えれば行動の不合理性も説明できますが、ものすごく傍迷惑な愛というほかないですね(どうせなら『怪獣大戦争』の波川みたいに、ハルオへの友情・愛情から「エクシフは間違っている」というところまで行きつけば、いいキャラになっただろうに)。

ユウコについては、てっきりモスラの力で救われると思っていたら、最後まで脳死状態のまま。唯一の出番はハルオの精神世界の中でハルオへの非難の言葉を浴びせるだけ。彼女は、結局、嫉妬から暴走して自滅してしまっただけのキャラクターになってしまいました。ここまでひどい扱いをされる理由があったとは思えず、さすがに気の毒になりました。

ミアナについては、マイナともども突然脈略もなく主人公と性行為を行おうとするという、まるでアダルトゲーム等の女子キャラみたいな描写をされただけでなく、その後、メトフィエスにあっさり捕まって生贄にされかけるなど、ストーリー上足手まといみたいな扱いをされています。姉のマイナの方は、ハルオを覚醒させる役割を演じるなどまだましでしたが、それはモスラやマーティンの助力を得てのことですから、キャラクターとしての印象は鮮烈ではありません。

三部作全てを観たうえでの感想ですが、このシリーズにおける女性キャラの描き方は、極めて問題があったと言えます。その役割や扱いを列挙していけば「社会的に重要なポジションには一人も女性がいない」「嫉妬深く、短絡的に行動する」「あっさり悪漢に捕まって、ヒーローの救出を待つ」「傷心の男を慰めるため、体を差し出す」「妊娠出産して子孫を残すことが最も重要」といったものであり、とても現代の作品とは思えない。これでは半世紀前の女性描写であると言っても過言ではないでしょう。もしもスタッフの女性観がこのようなものだとしたら寒気がします。

物語の結末はこの不出来な映画を象徴するようなものでした。ギドラによってアラトラム号が破壊され乗員は全滅、地上に降りていた者の中でも生き延びたのは10人程度。生存者たちは武器を捨てフツアとともに暮らし始めます(捨てられた武器の上に花が咲く描写はよかった)。ところが、マーティンが停止していたヴァルチャーの再起動に成功し科学文明を再建する見込みが出てきます。それを知ったハルオは脳死状態のユウコを抱えてヴァルチャーに乗り込み、ゴジラに特攻を仕掛けて死亡します。この展開を観た時には唖然茫然としてしまいました。この時点でマイナはハルオとの間の子どもを宿していました。それなのにハルオときたら夫としての責任も、親としての責任もかなぐり捨てて、幼馴染のユウコとともに死んでしまうのです。普通に考えて彼の行いは最低です(端的に言えば「女の子を妊娠させておきながら、元カノと無理心中」である)。

設定上は、ハルオの行為は、ゴジラ(怪獣)、文明、怪獣を憎む英雄(ハルオ)、の全てがそろえば、再びギドラがやってきてしまうため、怪獣を憎む自分を消し去り、文明を復活させないことによって、人類の未来を救うためにやったことだそうです。しかし、映画のみからこのような理由を判断するのは極めて困難であり、これ自体重大な欠陥というほかありません。また、仮にそうであっても、家族や仲間と話し合うこともなく、自分勝手に突っ走って自己完結してしまうハルオは愚かすぎるでしょう。だいたい、ゴジラがいる以上、大規模な文明の復活は困難であり、また、人類の生き残りは10人くらいなのだから、ゴジラに目こぼししてもらえるレベルにとどめる道もあったはずです(要するに生活用品や医療品をこっそり作るのが精々)。また、ハルオ以外の人間がゴジラへの憎しみを抱いている可能性だってあることも考えると、ハルオひとり死なせれば問題解決という結末は安易すぎます。

なお、ハルオとマイナが結ばれ子どもができたのは、作劇上、ハルオの決断が「失うものが何もない人間の捨て鉢な行動」に見えないようにしたかったからだとか(パンフレットより)。この映画の内容でハルオの決断が「ちゃんとした生活がありながら、それでもなお究極の選択をする」ように見えると本気で思っていたのか。少なからぬ人が「無責任最低野郎」と思ってしまった時点で大失敗です。第一、女性や妊娠をストーリー展開上の都合の良い道具として扱っていると言え、根本的に間違っています。

ハルオは人類を破滅させた罪を背負いながら生きて、家族や生き残った者への責任を果たすべきでした(それでも非難は免れないが、この作品の結末よりはまし)。そうでないのならば、ギドラを阻止するために命を投げうつという物語にすべきだったでしょう。スタッフはあちこちこねくり回した挙句、もっとも訳のわからない共感の得られない主人公を作ってしまったと考えます(そのうえ、未来ではハルオが「神」として祭られているというエピローグなど、何を考えているのか)。

その他。中央委員会は結局何の存在感も示せませんでした(モーリやドルドがエクシフの真意に気づいて阻止しようとする話でもあればよかったが)。また、ハルオの両親ももう少し重要な役割を与えるべきだったのではないか(彼らが実はゴジラに殺されていなかったという事実がモスラの力で伝えられるという展開にすることもできただろう)。

三部作、1年に及ぶプロジェクトであり、初の本格的アニメ映画の「ゴジラ」として多くの話題と期待を集めたシリーズの最終作として制作された本作品でしたが、残念ながら悲惨な結果となったと言わざるをえません。この作品はゴジラ映画としてもSFアニメ映画としてもあまりにも問題が多く、評価は最も厳しいものとなります(評価「最悪」)。この三部作のスタッフもゴジラという名前を使って好き勝手なことをしてしまった。王道を任せるべきではない人々に任せてしまったと考えます。奇をてらうことなく「普通」に作っていてくれれば良かったのにと、心底思います。

2018/11/09 良い(+1 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:126(94%) 普通:6(4%) 悪い:2(1%)] / プロバイダ: 306 ホスト:676 ブラウザ: 8906
怪獣とは何か、という観念的なテーマ。
ゴジラを通じて人間の心を見つめる、前作と対比的なスピリチュアルなトーンが全体を貫く。

虚淵玄らしさに満ちた作品の完結編であったように思う。


怪獣の描写は見事。
ただ、その「閉じ方」に、描写以上のカタルシスがあったかは疑問の余地を残す。


超未来の地球を舞台に、全長300mという破格のスケールで描かれたゴジラが、あり得ない世界において人間を人間たらしめる存在となっていたのが興味深く感じられた。


SFアニメーション作品としては楽しめた反面、いわゆるゴジラ作品としての魅力はいかばかりであったかと問われると、いささか期待と違っていた面もある。


これはごく個人的な見解になるが、虚淵玄の人間観や死生観とは、どうやらあまり一致しないらしい。
なので結びの部分にはやや不満あり。
らしさを感じさせる意味では納得はしているけれども。


これから鑑賞される向きには、ぜひ一部から観て頂きたい。


最後に。
マイナとミアナには無条件降伏します。
萌え尽きた…

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2018/11/09 好印象 by (表示スキップ) 投票履歴 / プロバイダ: 171 ホスト:191 ブラウザ: 8906 [編集・削除/これだけ表示]
感じた事可愛い/考えさせられた 
ストーリー普通(+0 pnt)
キャラ・設定最高(+3 pnt)
映像とても良い(+2 pnt)
声優・俳優とても良い(+2 pnt)
音楽良い(+1 pnt)

1. 強行軍ですが by OYJAR40
... 向けて観たい映画が沢山あるので、観られるタイミング、という事で GODZILLA 喰う ボヘミアン・ラプソディ の二本を仕事帰りに立川、aスタジオにて観てきました。このaスタジオで観られるタイミングで、という事もあります。やっぱりどうせ極爆、極音上映で観るならaかbで観たいですよね! どちらも十分楽しめました。 GODZILLAは・ ...
記事日時:2018/11/10
2. 派出所・・・・・・・ by 634
... 周年を迎え、先日はBSで『三大怪獣地球最大の決戦』をやって、アニメ第三作の『GODZILLA 喰う』の宣伝も盛んにやっていました(こっちはク ソも期待しねーけどよ)。 来年のハリウッド版に備えて・・・というもんでもないですが ゴジラ両津が https://farm2.staticflickr.com/1980/44696671474_a45e66 ...
記事日時:2018/11/04

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